私にとってキプロスのそれは、最悪だった。
ギリシャ、ロードス島からキプロスに船で入国しようとすると、出港前に船のなかで入国審査を行うことになっている。
私は2番目に並びながら、結局いちばん最後にまわされた。
キプロスの警察官は、私のパスポートを手にしながら、名前、生年月日、所持金、なぜ色々な国に行っているのかなどを聞いてくる。
サインも何度か書かされた。
私は、所持金を2ヶ所以上に分けて持っていることまで、説明しなければならなかった。
その警官は、パスポートの写真と私の顔が違うとまで言う。
彼は、私を入国前の不法就労者とでも思っているのだろうか。
どうにか入国は許されたが、私は非常に気分を害した。
その後も、ガイドブックではあるはずのレバノンへの船がじつは無かったとか、日本領事館を半日探したら無くなっていたとか、ひとりのためタベルナでメッゼが注文できなかったりして、私のキプロスのイメージはさらに悪くなった。
私は、リマソールの街でイスラエル行きの船のチケットを買った。
出発は明日の夕方。
せめて最後においしいものでも食べようと、私は良さそうなタベルナを探した。
ギリシャ、キプロスでは低価格の料金で食べられるレストランを、タベルナという。
街中歩きまわり、良さそうなタベルナをみつけた。
夜、さっそく行ってみることにする。
そのタベルナを選んだ理由はふたつ。
こじんまりして綺麗な店であることと、おもての黒板に今日のおすすめとして、本日の魚料理と書いてあったこと。
私は席について、メニューをもらう。
この店は、かっぷくの良い親父が、ひとりで切り盛りしているらしい。
すべてひとりでやっている。
私は、メニューを見て、もうひとつ気になるメニューをみつけた。
キプロスソーセージ。
私はまず、本日の魚料理を親父に聞く。
親父は、スナッパーだという。
スナッパーがどんな魚か知らない私に、親父は、 「ちょっと待っていろ」
と皿に魚を載せて持ってきた。
小さい黒鯛のような魚だ。
どうやって料理するかをたずねると、親父は一生懸命に説明してくれた。
「開いてグリルして、レモンをかけて食べるのだ」
親父は、決しておしゃべり上手ではない。
私は、キプロスソーセージも聞いてみた。
これはキプロスの料理で、スパイシーなソーセージだという。
「それにしよう」
親父はちょっとがっかりしたようだ。
本日の魚料理のほうがおすすめだったらしい。
しかし、キプロスソーセージもなかなかの味だった。
うまかったよ、と料理をほめ、明日も来るけどおすすめはあるかい、と尋ねる。
「ムサカがおすすめだ」
と親父は言って、ムサカの説明をはじめた。
ムサカは、グラタンのようなキプロス料理だ。
私は、明日の昼はそれをたのむと、店をでた。
「ハローフレンド」
親父はご機嫌だ。
ムサカを注文する私に、合点だとばかりに親父は厨房へむかう。
大きな器のムサカが出てきた。
シンプルな味つけでうまい。
ロードスの裏路地でみつけたタベルナのムサカよりもうまかった。
私は、舌とお腹を満足させた。
うまかっ料理の説明を始めた。
「夕方の船でイスラエルに行くよ」
私はそう言った。
そうか、親父はさびしそうにうなずいてくれた。
「良い旅を」
店をでる私に、親たよ、と料理をほめ代金を支払う私に、親父は、今晩はこれを食べてくれと父がうしろから声をかけてきた。
「多分、また会えるだろう」
「ああ、会えるさ」
今度来たときは、すべての料理を食べてやる。
いつのまにか、私のキプロスのイメージは変わっていた。