ゲストハウスから歩いて5分のところに寺がある。
ジョカン寺というチベタンの信仰を集めている寺で、私はその寺に何回も通った。
通ったといっても、寺の内部に入ったのは1回のみで、私が通ったのはその寺の周りである。
ラサに着いたのは、もう深夜の1時をまわったくらいで、意外にもメインの通りには街灯が立ち並び、タクシーが何台も走り、街のつくりも他の中国のそれと大して変わっていないように思えた。
この時は「やっぱりな」という思いがした。
ラサに来るまでに、いろんな人にラサの事を聞いたが、概して評判が良くない。
よくみんな言っていたのが「漢人に染まった街」という言い方だった。
本当のチベットを見たかったら、東チベットがいいともよく言われた。
しかし私はラサを見た事がない。
もちろん他のバックパッカーの話を信じないわけではなかったが、やはりチベットに行くのにラサははずせなかった。
自分の目でそれを確認したかった。
到着の夜はホテルを探して歩き回った。
ガイドブックに載ってる有名なゲストハウスはどこも満室だった。
初めての街で地理もよくわからないが、ちょっと通りを入ってみて探してみると、料金的に折り合いのつく部屋が空いていて、そのにチェック・インした。
フロントの従業員はもう寝ていたらしいが嫌な顔もせず、対応してくれた。
顔の色が黒くて、明らかに中国人とは異なる顔立ちだったが、中国語がよく通じる。
中国語が通じるのは便利ではあるが、やはり漢人の街・・・・その時まではそう思っていた。
しかし朝を迎えたその街は、まるで生命が吹き込まれたように活動し始めた。
ジョカン寺の正面の所は五体投地をしている人で溢れている。
小さな子どもから、老婆までみんな熱心でだ。
まずはそれを眺めるのが私の日課だ。
私がカメラを向けても、そんなことはお構いなしにそれを続けている。
立った状態で頭の上で手を合わせ、顔の前で合わせ、胸の前で合わせ、そして伏せて手を合わせる。
日本の仏教から見れば、やりすぎとも思えるその祈りのスタイルも、ここでは周りの風景に溶け込んでいる。
祈る姿は美しい。
どんな宗教でも美しいと思う。
それを飽きるほど眺めた後、寺の周りを一周する。
寺の周りには屋台がずらりと並んでいる。
マニ車や数珠、仏像などの仏教関係のものから、ネックレスや指輪などのアクセサリー、雑貨までなんでも売っている。
そこを歩く人たちは必ず時計周りで回っている。
それがコルラだ。
コルラすることで徳を積む事ができる。
その通りはいつも大勢のチベタンで溢れていて、時には五体投地でコルラしている人もいる。
服装はチベット特有の民族衣装だ。
特に女性のそれが綺羅で目をひく。
派手なアクセサリーを首や手にこれでもかというくらいつけていて、髪の毛に貝殻をつけている人も少なくない。
手にはマニ車を持っている。
中にはお経が入っていて、それをまわすとそのお経を1回読んだことになるらしい。
面白いことに、見つけることはできなかったが、今では電池式のマニ車が出回っているらしい。
私も彼らと同じように時計周りでそこをまわる。
彼らと同じように何回も・・・
独特の文化もその地域が発展するにつれ、似通ってしまう。
建物はコンクリートになって上に伸びていき、そこに暮らす人たちの服装だって、民族衣装から、お決まりのシャツとズボンというスタイルが主流を占めていく。
それが残って欲しいと願うのは、豊かな国で暮らす旅人のわがままだということは十分解っているが、やはり寂しい。
ラサの街も確実にそうなりつつある。
しかしここだけは違った。
ラサのなかでもこのジョカンだけはまるで時代が違うような気がした。
まるで映画の世界に迷い込んだような・・・
私は予定通り、デプン寺の大タンカのご開帳も見れたし、ナクチュというところでホースレースの祭りも見れた。
でも私を捕らえたのは、このジョカンの日常の風景だった。
私の住む世界と、この場所の風景のギャップ。
それを感じることが心地よい。
永遠なんてものは存在しない。
今あるものはすべて、いつかは必ず消えるもの。それが目で見えるものでも、心で感じるものだあっても。