ブラックファミリー・イン・アムトラック

ファミリー。 ファミリー。
今、改めてこの言葉の印象を考えると、
ぼくがアメリカを旅しているときに出会った黒人ファミリーが、一番、
イメージ的にピッタリ来る。
“家族”というんでなくて、”ファミリー”。

アムトラックというのは、アメリカ全土をくまなく走る大陸鉄道のことで、
ぼくは主にそれを使って、アメリカを旅していた。
サンフランシスコからシカゴまでは、そのアムトラックで2泊3日かかる。
寝台なんて高いから、もちろん普通のシート座席だ。
といってもアジア諸国のものに較べたら大分上等で、
リクライニングぐらいはスムーズにできる。
リクライニングぐらいはできるけど、2泊3日となるとやっぱり辛い。
3日目ぐらいには乗客達がやつれていくのが目に見えて分かる。
でも、寝台となると値段が倍以上も高くなってしまうので、ツラくても、
一般大衆は大体座席でがまんして移動する。
そんな彼らにまじってぼくもその列車にのっていた。 その中でのこと。

ぼくは初めての一人旅で、しかも、
その当時はまだ旅を初めて一週間かそこらの頃だった。
経験も浅く、旅の現実というものをまだあまり分かっていなかったため、
こういう長距離の移動に際しては、常に甘い期待を抱いていた。
そう、恋の予感だ。
ぼくの隣の座席に女の子が座るのだ。 金髪碧眼の美しいアメリカ人女性。
そんな彼女が、”エクスキューズ・ミー”といって、
チケットと座席番号をチェックしながら、ぼくの隣に座ってくれるのだ・・・

そんなふうに2泊3日のラブ・トリップを夢見て、
ぼくはどきどきしながら自分の座るべき席を探したのだ、が、
ぼくの席だと思われるその席には、果たして既に女の子が座っていた。
そう、確かに女の子だ、3才ぐらいの、小さな、黒人の・・・

その子はまん丸の目玉で、ぼくの顔をしばらくじっとみつめていた。
ぼくは苦笑いしながら、ハローといって荷物を棚にのせて席についた。
本当は、その子の座っている窓際の席がぼくの席なんだけど、
何だかその子はどいてくれる気配すら見せないので、
仕方なくそのままそこへ座った。
そして、そのまわりにはその女の子の姉妹を含め、
ファミリー達がどっさり座っていたのだった。
何故だか皆女性で、お母さんとおぼしき人から親類のおばさんから何から、ぼくのまわりをぐるっと取り囲んでいた。                   

いかにも黒人のおばさんで、太ってて、顔をくしゃくしゃにして笑う。
最初の内は、緊張しているせいか口数も少ないが、
2日も3日も一緒にいたらいやでも親近感が湧いてくる。
その日の夜が来るまでには、ぼくはその小さなエミリーちゃんと、
すっかり仲良くなっていた。

ぼくが英語の拙いことが分かると、あなたは一体、何語を話せるの?
と聞いてきて、日本語だよ、と答えると、
お母さんに向って、ジャパニーズだって、と、ひそひそ声でいちいち報告する。 
しばらくして退屈しだすと、おもむろに自分の鞄からぬり絵とクレヨンを取り出して、色を塗りはじめる。
そしてぼくにも塗れ、といって強引に手伝わせる。
するとその様子を後ろで見ていた姉さんが、ヤァ、彼、
今、猫の尻尾を塗っているわ、ハハハハハ、と皆に言って大笑いになる。
さらにぼくが何か食べようとすると、
お母さんがぼくの食べているものをいちいち検分して、
隣のおばさんと何やら論じ合い、大声で笑っている。
そしてぼくに向って、テレビ番組だか映画だかに、
あんたみたいな男が列車にのって旅するっていう話をあたしは知っているよ、みたいなことを言ってまた笑う。
いい暇つぶしの材料になっていたみたいだ。
そんなふうに車内の時間は過ぎていった。

しかし、次の日になってみんなが去っていってしまったとき、何だか、
心のどこかにぽっかり穴が空いたように、急に寂しくなってしまった。
隣のエミリーちゃんの席が妙に寒々しく思え、次にそこの席に乗り込んできた人が、変に他人に見えたのを印象的におぼえている。

独特の暖かさみたいなものが、ぼくの胸に残った。
それはぼくが知っている種類のものとは少し違ったものだった。
今思うとそれは、後々ぼくがアジアの国々をまわることになってから覚えた、アジア人達の暖かさと似ていると言ってもいいかも知れない。

大きくって、暖かくって、大地のようにどっしりとした安心感。
どっしり太ってて、大声で笑うお母さん。
黒人ファミリー達は、異国の地でたった一人旅するぼくを、
とても暖かく包んでくれた。

さとうりゅうたの軌跡
さとうりゅうた 最初は欧米諸国を旅するが、友人の話がきっかけでアジアに興味を抱く。大学卒業後、働いて資金をつくり、97年4月ユーラシア横断の旅に出る。ユーラシアの西端にたどり着くまでに2年を費やす。

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