ぜいたくな話

豊かさのことを考えるとき、ぼくはごく当たり前のこととして、物やお金の量を基準にして考えていた。 単純に。
だから、当然のこととして日本を含む先進国の国々は豊かなものである、と思っていたし、反対に物やお金のない発展途上国は貧しいものだ、と思っていた。
そしてそれらの考えから導き出されるごく普通の結論として、先進国イコール幸せな国々、発展途上国イコール不幸せな国々、と何の疑いもなく思いこんでいた。

でも、最近よく思うのだ。 例えば、リサイクルの話。
もう今となっては、リサイクルはほぼ常識的なこととして定着しつつある。
少し前までは考えられなかったことだけど、要するに今まで捨てていたものを再生してまた使おう、ということである。
つまり、ゴミの再利用だ。
今の先進国では、ゴミを捨てずにまた使うということがほぼ常識となっているのだ。
そこで思い出したのが、南インドのミールスというカレー定食のこと。

インドという国はかなり大きな国なので、北部と南部とでは文化も人も習慣もかなり違ったものになっている。
南インドの人達は、もともとインドに住んでいた原住民の血を濃く受け継いでいるため、北部に住むアーリア系の人達とくらべると、全体的に色も黒く背も低い。
言葉もヒンドゥー語ではなく、タミル語という南部特有の言葉を使っている。
これは、北部の人達に対する反発という意味合いも込められているのだが、やっぱり南の国の人達なのでふだんは穏やかだし、とてもにこやかに暮らしている。
北に対する反帰属意識は強いものの、実際はのんびりした人達だ。
北部のような、ケンケンゴウゴウとした殺伐さがない。
そして海辺の町が多いため、しぜんと服装も原色に近い色彩豊かなものになっているし、またそれらが黒い肌によく映える。 何だか色や光で溢れているイメージがある。

そんな南インドで主食となっているのがミールスだ。
これがまた、いかにも南国風情あふれるもので、何と食器の代わりにバナナの葉っぱを使っている。
大きな葉っぱにてんこもりのご飯と、あらゆる種類のカレーがどっさりと盛り付けてある。
野菜が豊富なため、北部では見たことのないような種類のカレーもあって、これがまたおいしい。 辛くないのだ。
野菜の甘味がふんだんに味わえるので、香辛料のキツさをそれほど感じない。
もっとまろやかなものなのだ。
ずっと北のほうを旅していたぼくは初めてこれを食べたときちょっと驚いて、インドカレーというものを見直してしまったぐらいだ。
さらにお代わりし放題なので、それこそお腹いっぱい食べられる。
そうして食べ終わったあとは、バナナの葉っぱをポイッと捨ててしまうのだ。
そう、洗わずにポイッとね。 このことを思い出したのだ。

ぼくは、日本で生活していてご飯を食べ終わったあと、いっつも思うんだけど、食器洗いというのは何でこうも煩わしいんだろう。
ちょうどお腹いっぱいで気持ちよくなっているそのときに、油だとか、こびりついたご飯だとか、なかなかきれいにならない食器達が、流しのところに山積みになっているのを見るたびにうんざりする。
何で、洗い物ってせないかんのだろうなあ、と。

そこでバナナの葉っぱなのだ。食べおわったら、ポイッと捨ててしまえる。
放っとけば土に還るし、無くなったら木からもぎ取るだけでいい。
こんな便利なことがあるだろうか。 これこそ、自然である。
エコロジーである。 そして、とてもぜいたくな話なのである。
だって、考えてもみてよ、イギリスや、フランスの王侯貴族だって食器は洗ってんだぜ。
銀の食器を捨ててしまうわけにはいかないからね。
食ったら捨ててしまうようなぜいたくなマネは、とてもじゃないけどできるもんじゃない。

インドでは他にも、チャイというミルクティーの素焼きの器なんかも、飲んだらポイッと捨ててしまう。これはなかなかかわいらしい器なので、ぼくなんかは少し躊躇してしまうのだが、インド人は豪快にたたきつける。
そんな様子を見ていると、なんだか自分がみみっちい、せこい人間に思えてくる。

豊かさとは決して、物やお金のことだけでは計れない。
例えば、このバナナの葉っぱのような豊かさだってある。
色彩や、光のあふれる豊かさだってある。
ぼくは旅に出るまでそんなこと知らなかった。
世の中にはそんな種類の豊かさが存在すること自体、全く気が付かなかった。
まさか発展途上国の人達が、実は、イギリスやフランスの王侯貴族よりも
ぜいたくなマネをしているとは夢にも思わんかった。

そして今日も山のように積み上げられた食器を前に、全部ポイッと捨ててしまえたらいいのになあ、と思ってしまうのだ。

さとうりゅうたの軌跡
さとうりゅうた 最初は欧米諸国を旅するが、友人の話がきっかけでアジアに興味を抱く。大学卒業後、働いて資金をつくり、97年4月ユーラシア横断の旅に出る。ユーラシアの西端にたどり着くまでに2年を費やす。

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