初めて彼女に出会ったのは、ネパール、リングモの宿だった。
前日洗った洗濯物が乾かず、私はひとりきりのドミトリーに二泊することになった。
夕方、ドタドタと階段をのぼってくる足音が聞こえると、二人の欧米人の女性がバックパックを背負ったまま、ベッドに倒れこんだ。
「疲れたぁ」
「死ぬう」
――ずいぶんにぎやかなトレッカーだな。
寝袋にくるまって、ベッドに寝転んでいた私は、そのまま半身を起こした。
透明感のある金髪の女性が、倒れたまま顔をこちらに向け、「風邪で寝ているの」
と、起こしてしまったことを申しわけなさそうに聞いてきた。
「いや、することがないから寝ているのだよ」
私は、洗濯物が乾かないことや、暗くなってきて本が読めなくなったことを話した。
「そう」
彼女は、よかったという様子を表情にあらわした。
「どこから来たのだい」
と私は彼女らに尋ねた。
「デンマークよ」
と彼女は言うと、もう私のことなど忘れたように、二人ともそれぞれに宿の細いベッドを二つくっつけ、バックパックから取り出した荷物をその片方に広げると、寝袋にくるまって寝はじめた。
――うわさのデンマーク人女性コンビは、彼女らか。
私は彼女らのことを、話には聞いていた。
とても歩くのが遅く、すぐ疲れて休憩し、ちっとも前にすすまない、と。
私はトレッカーたちが話していたのを思い出し、声を出さずに笑った。
よほど疲れているのだろう、スースーと彼女らの寝息が聞こえてきた。
私は本を一冊持って、ダイニングへ向かった。
リングモは標高2700mの高地、日が暮れてくるとたまらなく寒くなる。
私は宿のダイニングで、ブリキ缶でつくられた火鉢にあたりながら、夕食ができあがるあいだ本を読んでいた。
私のほかにはイングランド人の夫婦が、やはり火鉢にあたりながら会話を交わしていた。
そこに彼女らが入ってきた。
彼女らも宿の主人に夕食を注文すると、火鉢にあたりはじめた。
夕食はすぐ出来た。
全員同じものを頼んだからであろう。
皆が頼んだものは、ネパールでは定番のダルバート(豆スープのかかったご飯)だ。
「いっしょに食べましょう」
と、ドミトリーで私と会話を交わしたデンマーク人女性が提案した。
私たちはテーブルを動かし、火鉢を囲んで食事をすることになった。
食事はひとりより大勢のほうが楽しい。
皆それぞれにトレッキング中の失敗談などを話し、笑いあった。
英語の苦手な私はあまり会話に参加できないが、イングランド人男性やデンマーク人女性が気をつかって話しかけてくれるので、さみしい思いはしない。
食事が終わっても、会話はつづく。
デンマーク人女性たちは、大学に合格した後、そのまま入学せず、カトマンズの施設で、孤児たちのお世話をするボランティアをしているとのことだった。
彼女は、その様子を熱く話しはじめた。
私には半分も理解できなかったが、イングランド人夫婦の表情を見ていると、それが涙をさそう話であることがわかる。
彼女は、孤児が発生する理不尽さのようなものと、そのような状況でありながら、素直で愛くるしい子どもたちのことを話しているようだ。
彼女のそのクールな容姿からは想像しにくい熱い心情が、彼女の口から出てくるのを聞き、私はなにか意外な感じがした。
翌朝、すすだらけになった洗濯物を見て、驚いた。
昨日、長袖のダンガリーシャツと綿パンが乾きそうになかったので、宿の主人に頼み、竃の近くに干させてもらったのだが、どうやら主人はその洗濯物を、竃の上で干していたようだ。
「だいじょうぶ」
と宿の主人は言う。
「カトマンズでも問題ないよ」
確かにカトマンズではいいかもしれないが、日本では着られないだろう、と思いながらも、今日も出発できないよりいいか、と思い直し、宿を後にした。
イングランド人夫婦もデンマーク人コンビも、すでに出発していた。
ちっとも前に進まないことで有名な、デンマーク人コンビには負けるものかと、私は足を速めた。
マナストリーで有名なタキシンドゥーで、彼女らに追いついた。
彼女らはマナストリーを見てきたようだ。
「どうだった」
と聞くと、「よかったよ」
と言う。
私も寄ってみることにした。
寺院に入り、お坊さんにマナストリーはどこかを尋ねると、あちらです、と教えてくれた。
「寄付は必要ですか」
と尋ねると、もちろん、と言われた。
完全に貧乏旅行モードに入っていた私は、そう言われて見るのをあきらめてしまった。
いま思えば、日本円にして数十円のお金をケチったのはバカだったと思うが、このときの私は、一日5ドル(約600円)で済ませようとお金をケチっていた。
山の宿は、街よりも宿泊代が安いのだが、食事代が高い。
マナストリーより飯だ、と思った私は先を急ぐことにする。
途中、彼女たちに追いついた。
次の村がすぐそこだったので、「いっしょに行こうか」と言うと、眼鏡をかけたほうのおとなしい彼女が、もじもじしている。
「どうしたの」
と尋ねると、金髪の彼女が代わりに答えた。
「トイレなの」
どうやら、人が来ないときを見計らってすませようとしているらしい。
私は急いでその場を離れた。
しばらくして、後ろから金髪の彼女が追いついてきた。
「ねえ」
と彼女は私を呼んだ。
「名前、何ていうの」
私が答えると、彼女は名前を教えてくれた。
「私はレイケ」
カタカナで書くとレイケなのだが、日本人の私にはむつかしい発音で、私は彼女に何度もやりなおしさせられた。
私はこのときはじめて、彼女の名前を知った。
レイケには会えたのでしょうか。
すごく気になります。
旅先での出会いを、神秘的に感じてしまうのは、
僕だけではないはずです。
レイケには会えたのか、会えなかったのか、
会おうとしたのか、そして、その思いはどうなったのか、などなど。
もしよければ続きを書いてください。
よろしくお願いします。