智は、その内の一つを手に取った。それは、心路がデリーを出る時に分けてくれたチャイナホワイトだった。少し黄ばんだ白い粉が、紙の折り目に沿うように包まれている。智は、再びそれを包み直すと他のものと同じように窓から放り投げた。放り投げられた包みは、あっという間に流れゆく景色の中へと呑み込まれ、見えなくなった。そして最後に、袋の中の一番奥に残されたもう一方の紙包みを、智は指先を使って引っ張り出した。包みを開けるとそこには、薄茶色のさらさらした粉が、乾いた砂漠の砂の小山のようにこんもりと盛り上がっていた。直規と心路と智の三人で一緒に買いに行った、思い出のブラウンシュガーだ。まるで小さな冒険のように楽しかったあの日。月の光が銀色に揺れていた。
それは、懐かしい少年の日の思い出のようだった。この先またあんな日が訪れるだろうか?
これから先、一体幾つぐらいあの日のような思い出を作ることができるだろう?
それともそのような思い出は、時間とともに忘れ去られてしまうものなのだろうか。そして、アムリトサルのあの老婆のように、失われた時間の中で紅茶を啜って……、と、智は、そこまで思いを巡らせて、考えるのを止めた。そして勢い良く顔を上げると、ブラウンシュガーの包みを窓の外の風の中に投げ入れた。薄い茶色の砂漠の砂は、熱せられた砂の舞う暑い大気の中へと拡散していった。
目を開けていられないような、細かい砂を含んだ埃っぽい風も、智には何故だか心地良かった。柔らかな朝の輝きから一転して、大地を焼き尽くさんばかりに照らしつける真昼の焦熱に、智の全身は焦げ付かんばかりに焙られていたのだが、それすらも智は心地良かった。じりじりと肌を焼く熱線に、智は、やる気が漲ってくるのを感じた。
国境はもうすぐだった。前方には真っ直ぐな道が伸びている。智は、目を細めて道の向こうを眺めた ―――
—– 終 —–
毎回読むのを楽しみにしていたのですが、最近更新されていないようですね。。
再開を楽しみにしております。