――― 理見は、最後に俺の部屋へ来たあの時、まだ一希とやってはいなかったのだ。てっきりもう一希とはそういう関係になっているものとばかり思っていたのに……。それが、自分がブラウンを吸わせたばっかりにそれを手助けすることになってしまって……。あの日、微笑みながらジャイサルメールの雑踏に姿を消した理見……。俺の頬をそっと撫でてくれたときの理見のあの表情、冷たい指先……。それら全ての美しい思い出が、全部、こんな下衆な野郎に汚されてしまった……。ああ、こいつの蛇のようなあの舌は、理見の全身を舐め尽くしているのだ……。理見の肉の味を知っているのだ…… ―――
智は、心の中で思っていることとは裏腹に、作り笑いを浮かべながら一希の話を聞いていた。一希は、そんな智を嘲笑うかのように見返して、再び話し始める。
「だけどな、それからプネーに行ったらさ、何だか、前の男だとかいう奴が現われやがってよ、あいつ、そいつについて行っちまったんだよ。今頃そいつとやりまくってる頃なんじゃねぇのかな。本当、何考えてんのか分かんないぜ、あの女だけは。まあ、でも、別れる前の晩も散々やってやったし、俺にとっては儲けもんだったがな。あのビッチ、年の割りにはいい体してやがったし、また、全身で絡み付いてくるような感じでいい声出しやがるんだよ。ハハハ、最高だったよ」
そう言いながら一希は、全身をくねらせた。一希のその様子を見ながら心路は、何してんだよ、カズキ、気持ち悪ぃからやめろよ、と一希の肩を軽く叩いた。一希は、ハハハハハ、と笑いながら、そのまま横向きに床へ倒れ込んだ。智は、理見が一希に抱かれながら悶絶している所を想像し、激しい嫉妬にかられながらも沸き起こる性的興奮を抑えられなかった。そしてもし自分が一希の立場だったなら、と仮定して、より一層興奮を高めた。 一希は、床に倒れ込みながらヘロインの包みを智の方へ放った。
「ほら、お前もやれよ。理見みたいにぐにゃぐにゃになっちまえよ、クックック……ハハハハハァ」
一希が大声で笑うと、心路もそれに釣られて笑い始めた。お前、何笑ってんだよ、などと言いながら、二人でじゃれ合っている。智も、一人だけ笑わないでいるのはおかしいような気がして、ハハハハ、と、全くおかしくも何ともないのに無理矢理笑った。すると一希が、急に真顔になって、お前は笑わなくていいから早くそれやれよ、と智に言った。一希に続いて心路も、智、ほら、久しぶりに一緒にキメようぜ、と笑いながら智に言った。智は、二人に気を遣いながら、じゃあ……、と言って紙包みを開けた。そこにはヘロインの白い粉がこんもりと盛られていた。
智は岳志の話を思い出した。岳志のあの話を聞いてから、何となくヘロインはもう止めよう、と思っていた。何だかそれがとても下らないことのように思えたからだ。しかし今、再びそれを目の前にして、今まさにそれを吸入しようとしている……。
「何だよ、何、ボーッとしてんだよ。早くやれよ、お前」
一希が智を怒鳴りつけた。
「あ、ああ。分かった……」
智は、テーブルの上に置いてあった耳かきを手に取ると、ひと掻きすくって一気に鼻から吸引した。久しぶりに吸ったヘロインは、素早く智の体に溶け込んだ。まるで細胞の一つ一つにまで染み込んで行くようだった。
「あ、ああ……」
もたれている壁の中へ智はぐったりと沈み込んだ。そんな智の様子を眺めながら、一希はフラフラと智の方へ近寄った。