自分の隣に座っている男から智がチラムを受け取っていると、突然大声でババがアナンを呼んだ。
「アナン、ウナ・ナンバルワンを持って来てくれ!」
ババは、いかにもインド人らしく、ナンバーワンのアールの部分を強調して、ナンバルワン、と発音し、岳志の言っていた例のインチキ臭いウィスキーをアナンに催促した。アナンは、OK、ババジ、とそれに答えると、ウナ・ナンバーワンのボトルを三本、テーブルの上に運んできた。
運ばれてきたそのボトルは、一見瓶のようだったが実はプラスティックでできており、中で揺れている琥珀色の液体も一見ウィスキーのような色はしていたが、良く見てみるといかにも人工の着色料で染め上げたような毒々しい色彩を帯びていた。智は、意味ありげな笑みを浮かべながら岳志の肩を突ついた。
「これが例の、ウナ・ナンバーワン、ですか……」
岳志は無言で頷いた。
「ああ。怪し気な色してるだろ? でも、飲んでみるとこれが案外いけるもんなんだぜ」 瓶を一本手にしながら岳志はそう言った。ババは、早速栓を開けてなみなみとその液体をグラスに注ぎ込んでいる。
「どう、智、飲んでみる?」
岳志は、栓を捻ってボトルの口を智の前に置かれたグラスの上に差し出した。
「えっ、ああ、じゃあ、一応、頂きます……」
グラスに人工的な琥珀色の液体が注がれていく。智は一口それに口をつけた。ウィスキーとは全く違う、強いて言えば安物の焼酎のような強いアルコールの刺激が口の中いっぱいに広がる。智は、決して酒に強い方ではないし、また、好んで飲むということもしなかったため、とてもその味をうまいものだとは思えなかった。
「うわっ、これは何か妙な味ですね。決してウィスキーの味ではないと思います」
顔をしかめながら智はそう言った。
「最初はそう思うかもな。でも、慣れてくるとだんだんうまく思えてくるものなんだぜ」 そう言いながら岳志は、自分のグラスに注がれたウナ・ナンバーワンを一息に、ぐいと飲み干した。岳志は酒も強いらしく、そんな調子で次々とグラスを空けていく。
「凄いですね、岳志さん。お酒も強いんですね。しかも、こんな味の酒をよく何杯も飲めるものですね」
「ハハハ、だから、慣れたらおいしいんだって。それにインドにいると、めっきり酒を飲む機会が無くなるからさ。久々に飲むとどんな酒だろうがおいしくって、ついつい飲み過ぎてしまうんだ。たいてい次の日はひどい二日酔いだよ」
「成る程ね。インドにいるとあまりお酒を飲めないですもんね。お酒を売ってる所自体が少なくて、ツーリスト向けのレストランにたまに置いてあるぐらいですから……。俺は、あんまりお酒を飲まないから、例え飲めなくってもそれほど苦にはならないですけど、飲む人にとっては結構辛いことなんでしょうね」
「うん、そうだね。俺にとっては結構辛いことかな。まあ、チャラスがあるからいいんだけど、やっぱりたまには一杯やりたくなるものなんだよな。できれば良く冷えたビールが飲みたいんだけど、インドではまず無理だね。ビールはあっても、ちゃんと冷えてるのなんて滅多にないから」
岳志は、冷えたビールの味を思い出すように遠くを見つめながらそう言うと、ウナ・ナンバーワンをちびりと一口啜った。