インド式で

「やっぱりそうやって色んな人の手に馴染んできたものだから、独特の風合いが出てるんだろうな。そのチラムの美しさっていうのは、もちろん作った人の技術やセンスっていうのもあるんだけど、それ以上に、そのチラム自身が歩んできた歴史的な要因が大きく作用していると思うんだ。色んな人間の皮膚から滲み出る油が染み込んで、それが光沢に変わったり、使い込むことによって徐々に手に馴染んだ形になっていったり……。要するにそれらの”物語り”がチラムの中に詰め込まれていて、いいものっていうのは、チラムに限らずどんなものでも、そういう物語りのようなものを内に秘めてるものなんだ。それは、見てるだけで人の想像力を掻き立てるようなものだから、いちいちそれにまつわる説明を聞かなくても自ずと分かってしまうものなんだよ。だから、まだ智の説明を聞く前、そのチラムを見た時に、俺は、何となくそんな物語りのようなものを感じとっていたんだ。ああ、きっとこのチラムは、色んな人達に出会って色んな人達の思いを吸い込んできたんだろうな、って。アンティークの良さだよな。それは。俺は、アンティークが好きなんだ。見てるだけで色んな物語りが想像されてくるから。いくら見てても飽きないんだよ。そのチラムには、どこかアンティークのような、そういう雰囲気を感じたのさ」

感心しながら智は岳志の話を聞いた。

「さすが買い付けをしているだけありますね、岳志さん。するとこのチラムは、アンティークという訳なんですか?」

智は、手にしたチラムを今までとはまた違った心持ちで眺め返した。

「そうだな。アンティークと言える程古いものではないけど、本質的な意味ではアンティークだと思うな。俺は、やっぱり、物に人の面影や歴史が写っているのがアンティークだと思うから。そういう意味でそのチラムは、十分アンティークと言い得るものだよ」

岳志の目をじっと見つめながら智は神妙な面持ちで頷いていた。そういう話をしている時の岳志の目は、やはり透き通っていて、とても涼やかだった。

「まあ、アンティークの話はいいんだけど、多分今晩は、また盛大にボンすることになると思うんだ。だから俺のチラムだけじゃ足りないだろうから、それで智に持って来てもらったんだよ」
「えっ、そうなんですか? チラムを何本も回す程、盛大に……。大丈夫かな、俺……」 また意識を失うようなことになりはしないかと、智は少し不安な気持ちになった。岳志は、そんな智を見つめながら、ゆっくりと消えかけのジョイントを灰皿で揉み消した。

しばらくするとババと大勢の仲間達が、一斉にマニカラン・ゲストハウスに現われた。メンバーは、見るからにサドゥーといった者が二三人と後は近所の男達といった所だ。店の中は一気に満席になった。

さっそく方々でチャラスの煙の上がる中、プレマが、出来上がったチキンカレーをテーブルに運んできた。めいめいが皿を片手にカレーをよそい、それぞれの席でそれを食べ始める。席に座りきれないものは、床に腰を下ろして片手で皿を持ったまま、空いたもう一方の手を使って手づかみで食べる。智の正面に座った今晩の主賓、クレイジーババを始め、殆どのインド人達が、豪快に右手を使ってカレーを食べている。智がスプーンを使おうとすると、目の前に座ったババが、目を閉じゆっくりと首を振りながら、ユーアー・ヨーロピアン・ウェイ、アイ・イート・インディアン・ウェイ、と言った。要するに、お前は、西洋式にスプーンを使ってカレーを食べるのだろうがそれは間違っており、わしは、本来のインド式で食べるのだ、そしてそれこそが正しいカレーの食べ方なのだ、という意味のことを暗に仄めかしているのだ。智は、ババにそう言われてインド人らしい自分第一主義の傲慢さが鼻につかない訳ではなかったが、近頃ツーリストレストランばかり行っていたため手を使ってカレーを食べるという本来のインド的な行いを忘れてしまっている自分に、改めて気が付かされたのだった。

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