智は、真っ白な世界にただ一人立っていた。自分の周りには、子供用の木製の積み木がまるでたった今まで誰かがそれで遊んでいたかのように、乱雑に散らかされている。智は、その一つを拾い上げてみた。するとその途端、その、青い三角形の積み木は、砂のように崩れ落ち、さらさらと智の指の間からこぼれていった。驚いて顔をあげると、風景は、夕暮れの公園に変わっていた。どこからか、練習中のピアノの拙い旋律が微かに聞こえてくる。それと共に、ほのかに温かい夕餉の香りが漂ってくる。周りには誰もおらず、智は、一人、取り残されたようにぽつんと公園の真中に立ちすくんでいた。ブランコが静かに揺れている。誰かが今までここで遊んでいた形跡が、確かにここに残されている……。
すると突然、小さな男の子が、嬌声を上げながら公園の中に駆け込んできた。その後を誰かが声をかけながら追って来る……。
「サッちゃん、サッちゃん」
公園の入り口の植え込みを曲がって姿を現したのは、智の祖母だった。
「婆ちゃん……」
智は、ぼんやりとそう呟いた。気が付くと小さな男の子は、智のすぐ目の前にまで迫っていた。男の子は、まるで智が見えていないかのように、きゃあきゃあ騒ぎながら走って来る。男の子とぶつかりそうになったので智は思わず両手でその子を支えようとしたのだが、その瞬間、男の子の体は、智を通り抜けて向こう側へ突き抜けてしまった。思わぬその出来事に、勢い余って智はそのまま前方へ倒れ込む。しかし、不思議と体は痛みを感じなかった。驚いて自分の手足を見返していると、今まで騒ぎながら走っていた男の子がふいに立ち止まった。そして振り返って智の方をじっと見つめている。その子の顔を見た時、智は、ハッ、と息を呑んだ。それは、幼い頃の智自身だった。智は、思わずその子に触れようとして手を伸ばした。男の子は、不安そうな顔をしたまま少し後ずさりをした。
「俺が、見えるの?」
智がそう語りかけたとき、男の子を追いかけてきた智の祖母がようやく追いついて彼を抱きかかえた。そして顔を覗き込みながらこう言った。
「危ないから勝手に走っていっちゃだめだって、言ったじゃない。ほら、お車がいっぱい走ってるでしょ。轢かれたらサッちゃん、ぺしゃんこになっちゃうのよ」
祖母にそう話しかけられている間も、男の子はじっと智の方を見つめ続けていた。祖母は、男の子のその様子が気になったらしく、どうしたの、何かいるの? と智の方を振り返ったが、祖母には智が見えないらしく、何よ、何もいないじゃない、さあ、チョコレートケーキ買ってあげるから、もう行きましょう、と言って男の子の手を引いて歩き始めた。男の子は、祖母に手を引かれながら何度も智の方を振り向いた。
「チョコレートケーキ…あっ!」
智は、声を上げて手を打った。