疑念が確信に

目のきれいな人になら、智は今まで何人も出会ったことがあった。しかし、岳志のような目をした人に出会ったことは一度もなかった。一見清々しいその瞳の輝きは、見る者にこの世の明るさや美しさだけを感じさせるのだろうが、智は、その瞳の奥に潜む果てしない暗さのようなものの存在を敏感に感じとっていた。それは、心に同じ暗闇を持つ者同士だけが分かり合うことのできる、暗号のようなものなのかも知れなかった。欠落した智の心と同じように、岳志の心もどこか欠けているのかも知れない。

暗さを孕んだ岳志の明るい眼差しは、ある種独特の輝きを放っていた。決して深くはなく、暗くもない。浅く、川底の小石が臨める程に透明で、真夏の太陽に照らされた木々の若葉を反射する、山奥の清流の涼やかな輝き。しかし、表面的には全く暗さを感じさせないその爽やかな輝きこそが、反対に、岳志の胸の内の果てしない孤独を逆接的に表しているようであり、それが智の胸を強く打つのであった。智は、何故だか目頭が熱くなっていくのを感じた。

岳志の問いに智が無言で頷くと、ゆっくりと岳志は話し始めた。

「まあ、そっちのアクセサリーの方のビジネスは順調なんだけど、今回俺は、個人的にこっちの方でビジネスを展開しようと思うんだよ。アナンと組んで、この店のようなカフェを北インド一帯に広めていこうと思うんだ」

あっ、と、智は、我に返ったように心の中で小さく叫び声を上げた。

――― やっぱりだ! やっぱり俺はカモられていたんだ! ―――   

「この辺りはトレッカーが多いだろ。だから、そういう人達の中継点みたいな感じで、主にトレッカーをターゲットにしてやっていこうと思うんだ。もちろんガイドや何かも同時にやってさ。その辺はアナンが詳しいから心配ないし。店鋪をいくつ作っても対応できるように、何人もインド人雇ってどんどん店を増やしていって……。結構儲かると思うんだよな」

岳志がそう言うのを聞いて、智は、やはりか、と疑念が確信に変わっていくのを感じた。

――― やはり自分はお客の一人としか思われていなかったんだ。何が「清々しい瞳の輝き」だ! すっかり俺は騙されていた! ―――    

「へえ、そうなんですか。それは儲かりそうですね」

智は、少し皮肉のこもった言い方でそう言った。

「だろ? だから是非チャレンジしてみたいんだよ。まだこの地域はツーリスト達にとってもそこまでメジャーになってる訳じゃないからさ。やるなら今の内だと思ってるんだ」 岳志は智にジョイントを渡した。智は無言でそれを受け取った。プレマがアナンを呼ぶ声がして、日本語で話す二人の会話をずっと頬杖をつきながら訳も分からずただぼんやりと聞いていたアナンは、立ち上がってプレマのいるキッチンの方へと歩いていった。岳志は、アナンが席を外すのを確認すると、智の方へは視線を向けずにゆっくりと話し始めた。

「実は俺さ、あいつに命を助けてもらったことがあるんだよ」

そう言うと岳志は、アナンの歩いていった方へちらりと視線を向けた。

「え? あいつって、アナンのことですか?」
「ああ」

岳志はゆっくりと頷いた。

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