人を疑う癖

智がマニカラン・コーヒーショップに着いたのは、いつものように昼を過ぎた頃だった。岳志もまた、いつものようにジョイントを巻いており、アナンも、そんな岳志をじっと眺めていた。智が入っていくと、岳志は、智の方を振り返ってにっこりと微笑んだ。

「よう、サトシ。相変わらずゆっくりだね」

岳志がそう言うと、アナンも智を見て笑顔で、ハイ、と声をかけた。 
「ええ、まあ……。どうしても朝は起きられなくって……」

岳志は、ジョイントを巻いている手先を見つめながら智に言った。

「今、プレマがケーキを焼いてくれてるんだ。もう少ししたらできるって」
「ああ、昨日言ってた……」

椅子に腰を下ろしながら智はそう言った。ジョイントペーパーの端を舐めながら岳志は笑顔で頷いた。

「それでさ、チャラス代と合わせて四百ルピーいるんだ。俺と智で二百ずつ。払える?」 岳志は、智の方には目を向けずに、ゆっくりと、湿らせたペーパーを貼り合わせる。そしてそれがきれいな円錐形に仕上がると、テーブルの上でトントンと軽く叩いた。

「どう?」

岳志の手元をじっと見つめていた智は急にそう言われて慌ててそれに答えた。

「あ、ああ、二百ですね? 大丈夫ですよ、はい」

智は、ポケットの中を探って百ルピー札を二枚取り出し岳志に手渡した。巻き上がったジョイントに火をつけていた岳志はその金と交換するように智にジョイントを差し出すと、手にした二百ルピーをそのままアナンに手渡した。アナンは、小声で、サンキュー、と言って、その金をポケットに仕舞い込んだ。

智は、ジョイントをくわえながら、どうもこの光景は前にも見たことがある気がするなあ、と心の中でぼんやりと考えていた。すると、昨日、ここでクリームを買ったときのことが、ふと思い当たった。そういえばあのときも岳志に勧められて、クリームの他にもう一つチャラスを買ったのだ。こんなことを考えたくはなかったが、智は、どうもこの二人にどんどん金を吸い取られているような気がしてならなかった。二人というとアナンだけでなく岳志も含めることになるのだが、アナンと岳志は友達同士だし、ひょっとしたら岳志は、裏でいくらかのマージンを貰っている仲介役なのかもしれない、智は、そんな下劣な疑いをアナンと岳志に対して平気で抱き始めていた。それは恐らく智が長い旅で培ってきた負の部分なのだろうが、自己防衛のようなこのような疑いは抑えようとしても抑え切れなかった。いや、それは旅のせいだけではないのかも知れない。旅をする前から智は、そうやってまず人をとことんまで疑ってみる癖があった。それは幼少の頃から既にそうで、そうなるとそれはもう、持って生まれた智の性質なのかも知れなかった。智は、それを自覚する度に激しい自己嫌悪に陥るのだが、どうしても人を疑う癖は止められなかった。それはどれだけ親しい人に対しても平等に働きかける、救いようのない性癖だった。

少し沈んだ気持ちで智がジョイントを吹かしていると、岳志が突然話しかけてきた。

「あのさ、智。俺、前にも言ったと思うんだけど、日本で友達と雑貨屋みたいなのやっててさ。俺が主に外へ出て、アクセサリーや小物なんかを買い付けたりしてるんだけど……」 智は、鼻から煙を吐きながら岳志の話に耳を傾けた。

「はあ。その話なら前にも聞きましたけど……。どうしたんですか? 突然」

智は岳志にジョイントを手渡した。岳志は、それを口に持っていき、顔をしかめながら一息大きく吸い込んだ。

「ああ。それで、ちょっと聞いて欲しいんだけど、いいかな」

岳志は、智の目を見つめながらそう言った。智は、清い小川のせせらぎのような岳志の瞳の輝きに、抱く一抹の疑念など関係なく、再び心を奪われた。

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