心の奥底に潜む何か

冗談のつもりで十ルピーなどと智は言ったつもりだったが、ババにはそんな冗談はまるっきり通じなかったようだ。強い口調で智を睨みつけながらそう言った。

「ごめんごめん、冗談だよ、ババジ。そんなに怒らないでよ。ハハハ……」

ババがココナッツを片付けようとするのを慌てて制しながら智はそう言った。

「アイ・メイド・バイ・ストーン!」

ババは、ココナッツを一つ手に持って、智の目の前に突き付けた。そして再び袋の中に手を突っ込むと、翡翠のような薄い緑色の石をテーブルの上に投げ出した。しかし、それが何を表しているのか智には良く分からなかったので、ポカンと口を開けたままババの顔を眺め続けていると、岳志が、その石でココナッツを削ったってババは言ってるんだよ、と智に説明した。智は、ああ、そういうことですか、と深々と頷きながらその石を手に取った。そしてそれをババに示しながら、これで作ったんだね?、と言った。ババは、満足そうにゆっくりと頷いた。

智は、ココナッツの激しい凹凸を石でここまで滑らかなものにしたということに少なからず感動を覚えたが、ただ、この出来で百ルピーというのはちょっと高すぎるとも思い、半額の五十ルピーから値段交渉をスタートさせた。実際、岳志の持っているものと比較すると大分見劣りがした。その後しばらくババと智の間で値段のやりとりが続けられたが、結局三つで百五十ルピーという所で交渉が成立した。本当は三つも必要なかったのだが、今まで探していたものだけに気持ちが昂って全部買うことになってしまったのだった。

「ありがとう、ババジ。大事に使わせてもらうよ」

智は、早速、先程手に入れたクリームと煙草の葉をココナッツに混ぜ入れた。そしてペーパーを取り出すと、ジョイントを巻き始めた。岳志は、自分が吸っていたジョイントをババに手渡した。ババは、ゆっくりと頷くとそれを指の間に器用に挟み、両手を使って煙を吸い込んだ。指の隙間から大量の煙が洩れていく。そして上を向いて勢い良く煙を吐き出すと、ババはアナンにジョイントを回した。その時またぼんやりと虚空を見つめていたアナンは、ハッと我に返ってそれを受け取った。岳志は、そんなアナンの様子が気になるようでしばらく黙ってアナンを見つめていたが、結局声をかけることはしなかった。そして何事も無かったかのように例のクリスタルのチラムを取り出すと、チャラスの用意をし始めた。

智がジョイントを巻き終わる前に岳志のチラムの準備が整ってしまったので、智は一旦その手を休めた。ババは、岳志から渡されたチラムを顔の前で構えると、大声でヒンドゥーの破壊の女神、カーリーの名を呼び、続けてマントラを唱えた。それに合わせて岳志がチラムの先に火をつける。その瞬間ババは、ボン、と大きく叫ぶと物凄い勢いで煙を吸い込み始めた。大きな吸気音と共に、チラムの先端が赤く光り、白い煙がクリスタルの胴体をまるで生き物のようにうねりながら通過していく。そしてそれがチラムを包み込むババの手の中に滑り込んでいくと、ババは、顔をしかめながら一息に全てを吸い込み尽くした。一瞬にして、透けたチラムの胴体がまるで真空になったかのように透明になる。そしてもう一度ババが息を吸い込むと、再びチラムの先端は赤く光り、チラムの体内はうねる白い煙によって埋め尽くされる。その動作を二三回繰り返すと、最後は天井に向かって一直線に大量の煙を吐き出した。ババの周りは、煙によって視界が霞む程覆い尽くされた。霞む景色の向こうから、ババの半眼が智をじっと見つめているのが分かる。その視線は明らかに智に向けられているのだが、それは、智の表層を見ているのではなく、智の心の奥底に潜む何かをじっと見つめているようだった。智は、しばらくの間、我を忘れてババのその視線にじっと見入っていた。

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