「こんなの一つぐらい、どうってことないよ。試しに食べてごらんよ」
アナンもニコニコしながら智の方を見つめている。
「そうですか……。じゃあ……」
智は、アナンの手から一つそれを手に取ると口の中に放り込んだ。そして乾燥してシャキシャキとした歯ごたえを確かめるように噛み続けていると、しだいに強い苦味が智の口の中いっぱいに広がった。
「うわっ、これ、苦いですね!」
智が顔をしかめながらそう言うと、驚いている智を見て、キノコっていうのはこんなもんだよ、と岳志が愉快そうに笑った。
アナンは、残った一つを自分の口の中に入れて、イッツ・ベリー・グッド、と二人に向かって微笑みかけた ―――
岳志とアナンと智の三人は、もう、一時間程山の中を歩き回っている。しかし探しているマッシュルームは一つも見つけることができず、アナンは、時間が経つにつれて徐々に焦りを露にし、申し訳なさそうに二人に謝り続けた。
「ソー・ソーリー……。だめだ、見つからない……。ここらに生えている筈なんだけどな……」
アナンはがっくりと項垂れた。
「いいんだよ、アナン。そんなに責任感じなくたって。こんなに景色のいい所、散歩できただけでも良かったよ。ほら、ちょっと休もう」
岳志は、アナンを慰めるようにそう言うと、岩の上に登って腰を下ろした。アナンは、がっかりとした表情で肩をすくめながら、力なくその場に座り込んだ。岳志は、ここまでの道中で摘んできた薄い赤色の花を手にたくさん持っており、それを足下に置くと、バッグの中からチャラスを取り出してジョイントを巻き始めた。
背の高い針葉樹林で山は覆われ、その隙間から太陽の光が、矢のように細く、鋭く、地面を突き刺している。木々の葉の明るい緑が、あちらこちらで眩く輝きながら風景全体を優しく彩っている。そんな明るい景色の中で岳志は、大きな岩の上に腰を下ろしジョイントを巻いている。心なしかその表情は微笑んでいるようにも見えた。足下には、摘んできた薄赤の花の固まりが、太陽のスポットを浴びながら、周りの風景とは異彩を放つ自らの肉体を懸命に外に向かって開いている。岳志の黒い服と輝くような緑の色彩、炎が揺らめいているような花の赤とは、まるで良くできた一枚の絵のように風景に溶け込んでいた。岳志は、まさにその森に棲む住人のように違和感なく、主の体の一部である岩の上に腰かけている。そしてそんな岳志を歓迎して、花は、その風景に色彩を添えていた。アナンは、膝を抱えて座りながらその全体をボーッと眺め続けている。音は無く、あるのは風にそよぐ微かな葉音だけ……。
智は、夢を見ているような心持ちでそれらの光景を眺め続けた。ふと視線をずらすと、遠く、ヒマラヤの氷の頂きが眼前に臨まれる。それは、木々に覆われた緑の山々の裂け目から、白く、目を射るような輝きを放っていた。
智は思わず目を細める。