「よく千ルピー札なんて持ってたね」
岳志が、二人のやりとりの様子を眺めながらそう言った。
「たまたまですよ。デリーで荷物を日本に送ったときにちょっと多めにお金が必要だったんで、千ルピー札で両替えしてもらったんです。それがまだ何枚か残っていて……。でも、僕もその時が初めてでしたよ。千ルピー札を見るのなんて」
岳志は、テーブルの上のそのお札を手に取ると、珍しそうに眺め回した。
「そうだよね。インドで普通に生活してたら、こんなの全く見ないもんな」
智は、もっともです、という風に首を縦に振った。そして、お札を光に翳したりしながら何度も何度も見返している岳志を、ぼんやりと見つめながらこう言った。
「昨日は何だか凄かったですよ。もう、昨晩のことあんまり覚えていなくって……。一回吸っただけであんな風になるなんて初めてのことでしたよ」
岳志は、ふと我に返ってお札をアナンに手渡しながらそれに応えた。
「そうだろ? 俺も昨日は結構凄かったもん。やっぱりこれぐらいのものになると、直接ここまで来ないと無理だよな。手に入らないもん。絶対」
智は、ふと理見が言っていた世界中から買い付けに来るバイヤーの話を思い出し、それを岳志に尋ねてみることにした。
「そういえば岳志さん。俺、聞いたことがあるんですけど、マナリーのトップクリームは裏の世界の売人が世界各国から買い付けに来るっていうのは本当の話なんですか?」
智がそう尋ねると、岳志は事も無げに、ああ、本当だろ、と言った。智は、理見の話していたことがあまりにもあっさり肯定されてしまったことに、少々驚きを憶えた。
「じゃあやっぱりシーズンになると、スーツ来てアタッシュケース持ってサングラスなんかかけてるような裏世界の売人達が、次々と何人もこの地を訪れるっていうことなんですね?」
岳志は、驚いたように智の方を振り返った。
「は? 何言ってんだよ、智。そんなんじゃないだろ? 昨日アナンが言ってたように、殆どはイスラエル人のバックパッカーだよ。奴らが大量に買い占めてそれをゴアに持ってったり、ケツの穴に隠して他の国に持っていったりして売り捌くんだよ。智が考えてる、いかにも映画に出てきそうなマフィアなんていないよ。大体、マフィアはマリファナなんて扱わないだろ。もっとコンパクトで客単価の高いヘロインとかコカインだよ。それに比べたらグラスとかチャラスなんてリスクが高いばっかりで割に合わないもん」
「何だ……。でも、考えてみたらそうですよね。こんな所、スーツなんかで来る訳ないですよね……」
智は、少し拍子抜けしてがっかりしたように肩を落した。
「まあ、そんな人達が来てたら、それはそれで面白いんだけどね」
岳志は、笑いながら出来上がったジョイントを智に手渡した。
「はい、智。これもそのクリームで作ったやつだよ。試してみな」
少し緊張しながら智はそれを受け取った。
「これ、大丈夫ですかね。また、昨日みたいにブッ飛んじゃったりしません?」
「大丈夫だよ。今日はそんなに入れてないから。昨日はかなりキツ目に作ったし、それにチラムだったから。これはもっと軽いよ。大丈夫、大丈夫」
うーんと、めちゃくちゃ面白い。
去年、ガンジス一人旅して、色々知ったから尚更面白い( ̄∇ ̄;)