ぼんやりとそんなことを考えながら、智は、後で岳志とマニカラン・コーヒーショップで落ち合う約束をし、一旦別れてそれぞれの部屋へと入っていった。どうやら岳志は、一人の時間を過ごしたいタイプのようだった。どうも、誰かと長く一緒にいると落ち着かないらしい。智は、マナリーからマニカランまでの道のりで薄々それを感じとっていた。だから部屋もシェアするのではなく、わざわざ別々に取ったのだ。
部屋の中は思っていた程悪くはなかった。窓のすぐ外には川の流れを眺められ、その背景には深い緑の山々がそびえている。そして何よりも川のせせらぎが聞こえてくるのが智の気に入った。周りは静かで何の物音もしないし、ここでならくつろいでゆっくりと過ごすことができるだろう。何となく浮き浮きしながら、智はベッドに仰向けに横になった。
どうやらそのまましばらく眠ってしまっていたようだ。目を覚ますと、すっかり辺りは暗くなっていた。窓の外は、ぼんやりとした街灯によって照らされ、川の水面が時折キラキラとその光を反射させている。あまりに熟睡していたせいか、智は、一瞬自分がどこにいるのか判別できなかったが、体を起こして周りを見渡すと、徐々に今日一日の出来事を思い返していった。そしてふと岳志と待ち合わせていたことを思い出し、慌てて身の回りの用意をして部屋を飛び出した。その前に一応、岳志の部屋もノックしてみたが返事はなく、やはりもう出かけてしまった後のようだった。智は、急いでマニカラン・コーヒーショップへと向かった。
日の暮れた夜の町に殆ど灯りはなく、ツーリスト向けレストランの灯すか細い光が、ポツポツと闇を照らすだけだった。道は、町を抜ける細い道が一本だけだったのでいくら暗くとも迷うことはなかったが、橋の手前まで来ると激しい川の流れが闇の中からザアザアと音を立てて響いており、その音はさすがに無気味だった。暗い橋を渡る時、闇の中に潜む得体の知れない何かに引きずり込まれそうな気がして、智は早足で橋を渡った。
それから店へと向かう坂道は、更に真っ暗で、灯りという灯りは殆ど無いに等しく頼りは月灯りだけだった。智は、何となく空を見上げた。するとみるみるうちに雲が消えていき、今まで曇り気味だった夜空が、瞬く間に満点の星空に変わった。そして驚く程、辺りが明るく照らし出された。智は、こんなにも月や星は明るいものかと、まるで初めてそれらを見た子供のように強く感銘を受けた。智の生まれ育った都会では、最早そんな当たり前のことすら知ることはできなかったのだ。