三年間

智の座っているすぐ横には窓があり、そこから外を眺めると、この小屋が谷の斜面の上に建てられていることが分かる。すぐ真下は急な坂になっていて、それを下っていくと川が結構激しい勢いで流れている。大きな岩がごつごつとあちらこちらに散在し、ここが川の上流であるということを物語っていた。

この川を下っていけばどこかでガンガーに繋がっているのかな、智は何となくそんな風に想像してみた。

「あっ、アナンが帰ってきたみたいだわ」

チャイを飲んでいたプレマが、そのグラスをテーブルに置いて窓の外を指差した。智の正面にある窓の向こうには、俯き加減で細い道をとぼとぼと歩いてくる男の姿があった。岳志は、目を凝らして窓の外を覗き込んでいる。

「あれがアナンなんですか?」

智がそう尋ねると、岳志は智の方には振り返らずに、ああ……、そうだな、と、確かめるようにそう言った。

しばらくして何も知らないアナンが、店の中に入って来てそこに岳志の姿を認めると、途端に表情を輝かせ、タケー!、と大きな声で叫んで岳志の方に走り寄った。智は、またもや吹き出しそうになったが、今度は懸命にそれをこらえた。

アナンは、岳志の肩に手を回し、これまでの三年間という長い時間を取り戻そうとでもするかのように物凄い勢いで岳志に向かって話しかけた。岳志は、アナンのその様子に気圧され気味になりながらも、アナンの一言一言に丁寧に受け答えをしていったのだが、一旦話題が刑務所の中での話に及ぶと、やはり相当辛い思いをしたのだろう、アナンは、途端に沈んだ表情になって口数も少なくなった。岳志は、アナンのそんな心情を敏感に読み取って、もうそれ以上刑務所の話に触れることはなかった。

思い出話が一段落すると、岳志は智をアナンに紹介した。人懐っこい微笑みを表情に湛えながらアナンは智の手を握った。智には、彼が刑務所に入らねばならないような悪人にはとても見えなかった。愛想が良くって人当たりのいい、気のいい青年にしか見えない。そしてマニカランに来る前に、岳志がアナンについて、心配ない、と言っていたことは、本当だったな、と智は改めて思い返した。

アナンは、何とか岳志と智の力になりたいらしく、一生懸命二人の世話を焼こうとするのだが、智達は、これといって必要な物も何も無く、あるとすればチャラスを手に入れることぐらいで、あまりアナンの期待には応えられそうにもなかった。アナンが言うには、チャラスの方も上質のものはやはり既に売り切れてしまっているらしく、なかなか探すのは難しそうだということだったが、心当たりが無い訳では無いようで、一度知り合いに当たってみるので少し待ってくれ、ということになった。それでもアナンはまだ、その他に何かないか、何か力になれることはないか、と喰い下がってくるので、岳志が、じゃあ、どこかにいいゲストハウスはないかと尋ねると、アナンは、両手を打って、それならここに泊まればいい、ここにも部屋があるんだよ、と岳志の手を取っていそいそと店の外へ引っぱり出した。そして案内されたその部屋は、半分地下になっている物置きのような所で、一応ベッドがあるにはあったが、それはダブルベッドだった。辺りに散らかっている物を片づけながら、すぐ整理できるから二人でここに泊まればいい、少し上で待っててくれよ、と、満面の笑みを浮かべながらアナンはそう言った。しかし、岳志と智は、お互い顔を見合わせ、これはちょっとなあ……、という風に首をかしげた。もしここに泊まろうとするのなら、必然的に智達は一緒のベッドで眠ることになる。

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