「オオウ。タケシサン、スゴイ!」
アリが、大袈裟に手を叩きながらそう言った。岳志は、鼻と口から一気に煙を吐き出すと、ジョイントを智に手渡した。そして呼吸を整えてからチャイを一口啜った。
「名前、何て言うの?」
智は、そのジョイントを受け取りながら、そういえばまだ自分の名前を紹介していないことに気が付き、ああ、すいません、すっかり忘れてました、智っていいます、と岳志に自己紹介をした。岳志は、智のその言葉に軽く頷くと、俺、岳志ね、よろしく、と言って右手を差し出した。智は、何となく照れながらその手を握り返した。
次の日、岳志と智はマニカランへと向かった。昨日カフェで、智がクリームを欲しがっているということをアリが岳志に伝えると、じゃあ明日行こうよ、ということになり、突然出発したのだ。
岳志は、アクセサリーなどの輸入雑貨の店を日本で営んでいて、マナリーにはもう何度も来ているそうだ。マニカランにはアナンというインド人の知り合いがいるらしく、今回は彼に会う為にインドへ訪れたという。何でもアナンは、ドラッグの売買によって警察に逮捕され、最近まで刑務所に入っていたそうだ。岳志が今回アナンと会うのは、もう三年振りのことになるらしい。それを聞いて智は、どんな恐ろしい人間と会うことになるのだろう、と、かなり不安な気持ちになったが、岳志が、心配ない、普通の奴だよ、と笑顔で言うのを聞いて、何とか気持ちを落ち着かせたのだった。
マナリーからマニカランへの道のりはバスで大体四五時間ぐらいで、まず、クルという、かつての王国の都だったこの辺りでは比較的大きな町まで行ってからバスを乗り換え、そしてパールヴァティヴァレイと呼ばれる険しく切り立った谷を眺めながら数時間山道を行く。そうやって山をいくつか越えた先がマニカランの町だ。マニカランにもマナリー同様温泉が湧いており、誰でも無料で入浴することができると言う。それを聞いて智は嬉しく思った。旅先でこうやって何度も湯舟に浸かることができるのは、何といっても有り難いことである。
智は、数日後にまた戻ってくるつもりでマナリーを発った。そして今度戻ってくる時は、オールドマナリーへ心路に会いに行こうと決めていた。もう心路と別れてからしばらく経っている。そろそろ会いに行かないと、ひょっとしたら会えないということもあり得る。—–