マナリーの町は大きく三つに別れており、一つは智が今いる、ツーリストオフィスや、銀行、郵便局などの立ち並ぶ中心街。そしてもう一つが、オールドマナリーと言われる、山あいにある旧市街。しかし、旧市街と言っても山小屋のようなレストランや土産物屋、ゲストハウスなどが山道に沿って立ち並ぶだけの集落のような所で、新市街の中心地とは趣が全く異なっている。ゴアからパーティを目指してやってくるツーリスト達の殆どは、このオールドマナリーを目指す。更に後一つが、ヴァシスト村という、ヒンドゥー寺院の立ち並ぶ小さな村。この村には温泉が湧いていて、寺院に沐浴所が設置されており、誰でも無料で入ることができるのだ。智はそこへ行くと決めていた。以前、マナリーへ行ったことのあるツーリストから、ヴァシスト村は温泉もあって景色も良く、とてものんびりできる所だ、と聞いていたので、マナリーへ行ったらまずヴァシスト村へ行こう、と前々から既に決めていたのだ。智より先に旅立った心路は、恐らくオールドマナリーにいるだろう。しかし智は、心路に会いに行くよりも、まずはゆっくりと静養したかった。
ゴアを出てから今まで、ちょっと色んなことがあり過ぎた。特にデリーでの日々は、智の中でまだ気持ちの整理ができていない。ずっと頭の中がもやもやと霧がかかったような状態で、うまく考えがまとまらない。きっと、きれいな景色を眺めながら温泉にでも浸かっていれば気持ちも落ち着いて、頭の中もすっきりするだろう、智はそう思っていた。今は誰とも会いたくなかった。
バスを降りると、日中なのに思いのほか肌寒いのに智は気が付いた。夜通し走り続けていたバスの車内はすし詰めの状態だったので寒さはそんなに感じられなかったが、恐らく夜になったらかなり冷え込むことだろう。ガイドブックによると、標高二千メートル程の高地だそうだ。智は、バックパックから長袖シャツを取り出してTシャツの上に羽織った。 ヴァシストまでは歩くと一時間程かかる。とてもじゃないけど、三十時間も超満員のバスで揺られ、その上荷物を背負って一時間も山道を登っていく自信はなかったので、智はリキシャを拾った。最初、値段の交渉をするのがとても煩わしく感じられたのだが、デリーなどとは違って以外とすんなりいった。ひょっとしたらデリーなどの下界とは人の気質も違うのかも知れない。あの、粘り着くようにしつこいインド人や、どうしようもない暑さが感じられないだけでも、この土地に来て正解だったと智は思った。のみならず、さっさとデリーを離れ、もっと早く来ておけば良かったと後悔さえする程だった。
オートリキシャは、バタバタとエンジン音を響かせ、車体を左右にガタガタと揺らしながら未舗装の山道を何とか登っていった。生い茂る針葉樹林を右手に眺め、左手には谷を隔てて雄大なヒマラヤの山々が遥か遠くに連なっている。冷たい空気は、智の気道に入り込み、体内を冷却していく。悪路に反応して激しく揺れるリキシャの振動さえ智には心地良かった。デリーのあの人混みと喧噪が、どれだけ自分に肉体的、精神的ダメージを与えていたかを、智は今、改めて実感していた。
楽しく拝見させてもらっています。
私もストーンズ好きです。
これからも楽しみにしていますので
がんばってください。