「チャイナホワイト、だよ」
「チャイナホワイト?」
「ああ。要するにヘロインのことさ。正確には合成ヘロインのことらしいんだけど、まあ、似たようなもんだよ。百パーセントピュアなヘロインなんて手に入りっこないから。どのみち混ぜもんだとか、合成だとか、何かしら手は加えられているんだしさ。でも、モノによってはヘロインよりもずっと強烈なやつもあるらしいぜ。気をつけないとな」
「ふうん。でも、貰ったってタダでくれたの? その人達」
「ああ。何でもその二人、インド人の売人からコカインって言ってそれを買った筈なのに、部屋に帰ってやってみたら、いきなり体が重くなって動けなくなっちまったんだって。ハハハ。危ないよな。コカインの勢いでヘロインやったら、下手したら死んじまうからな。そんで、何かおかしいと思って怒ってその売人の所へ行ったら、それはチャイナホワイトだ、って言われたらしい。話が違うじゃねえか、って文句言ったら、お前最初からヘロインくれって言っただろ、って言い出して結局泣き寝入りさ。あんまりゴネ続けたらいくらインド人とはいえ何されるか分かんないもんな。分かるだろ? 俺らもブラウン買いに行ったとき、揉めたじゃん。だから”ドジン”は嫌ぇだって言うんだよ。そんな話ばっかりだぜ。まあ、だけどおかしいよな。インドでそんなに簡単に、しかもインド人がコカインなんて持ってる筈ないもん。それで最終的に、その二人はヘロインなんてやらないから俺らに会ったとき、どう?、って。タダでいいからあげるよ、ってさ。もうそん時は本当に二人が神様に見えたぜ!」
直規は、興奮して話しながら手鏡を取り出して、その上に「チャイナホワイト」と言われる真っ白い粉を適量、耳かきですくって乗せた。そして、剃刀の刃で細かく刻むと、細く、ラインを三本引いた。
「じゃあ、智から。どうぞ」
直規は、おもむろにそれを智の前に差し出した。智は少し躊躇した。
「あ、ああ。けど、大丈夫かな、俺。ヤバイことになったりしないかな?」
「何言ってんだよ。”ヘロイン・マスター”の智さんともあろうお方が。あれだけブラウン吸えたら余裕だって。ほら、いっちゃえよ。こんなチャンス滅多に無いぜ」
智は、直規の強い押しを断り切れなかった。以前、プシュカルで三人で一緒に過ごしていた日々のことが思い出される。全く同じようなことを、ここ、デリーでも繰り返している。
「そんな。別に俺、ブラウンに強い訳じゃないよ。あの後、結構吐いたりもしたし……。まあでも、直規がそう言うのなら、やってみるよ」
心路が、器用に細長く巻いた十ルピー札を、どうぞ、と言って智に手渡した。手鏡はベッドの上に置かれている。智は、身を屈めながら、三本の内の端の一本を一息に吸い込んだ。鼻の奥の粘膜を、粉が猛烈に刺激する。智は思わず顔をしかめた、と、次の瞬間、強烈な感覚の波が智の全身を襲った。智は、顔を上に向けたままあんぐりと口を開いて、静止した。鼻の奥から放射状に、何か冷たいものが広がっていき、それが血管に侵入して、指の先まで染み渡る。染み込んでいった感覚は、血管から筋肉へ、筋肉から皮下組織へ、皮下組織から皮膚の表面へと、徐々に徐々に噴出していく。全身に、ぞくぞくと鳥肌が立っていく。