おんなじ目に

分からなかった。自分の気持ちを冷静に判断する余裕が智にはなかった。ただ、奈々が明日去ってしまうという事実が智を激しく締め付ける。それが愛なのか、恋なのか分からない。ただ、自分に向けられている、奈々の強い思いがそうさせているだけなのかも知れない。

去っていったばかりの奈々を想う。もうベッドに入る頃だろうか。シャワーを浴びて汗を流して、服を着替えて、明日に備えて眠りにつく頃だろうか。ああ、そして目が覚めたら、荷物を全部片づけて部屋を出る。空っぽの部屋。奈々の面影を残した、空っぽの部屋……。そしてお別れを言って、去って行く……。

智は、やるせない気持ちを抑え切れなかった。激情がほとばしり、右手を強く壁に打ちつけた。崩れかかっていた壁の一部から、さらさらと、砂がこぼれた。智は、強く唇を噛んだ……。

深夜、直規と心路の部屋に顔を出した。ヤスとゲンの二人はもう部屋にはいなかった。智との約束通り、解放されたらしい。

「二人は? ちゃんと逃がしてあげた?」
「ああ、帰ったぜ。もうここにはいないんじゃないかな。俺が、今度お前らの面見たら、もう一回おんなじ目に合わせてやる、って言っといたから。奴ら、すいません、すいません、って、泣きながら出てったよ。だからもうチェックアウトしてる頃だと思うぜ」

上半身裸の直規がベッドに横たわりながらそう言った。心路は、リムカの瓶から伸びているビニールのチューブをひたすら吸っている。

「やる?」

心路が、空ろな眼差しで瓶を智に差し出した。礼を言って智はそれを受け取った。瓶の口に刺さっている鉄製の受け皿に、細かく砕かれたチャラスが入っている。それらはまだ、朱く燃えていた。智は、ライターを手に取ると火をつけながら、心路がしていたようにチューブを吸った。瓶の中の濁った水が、コポコポと泡を立てる。刺激の強い煙が肺に入り込む。それは、智の脳を直撃した。思わずよろけながら、智は心路にその瓶を渡した。心路は、笑いながら、大丈夫?、と言ってそれを受け取った。

「じゃあ、あいつらはもう出てったんだね。まあ、それで良かったのかな」

智は、内心ホッとしてそう言った。

「あ、そうだ。言い忘れてたけど、二人とも、助けてくれてありがとう」
「いいよ、そんなことは。あの状況見たら助けない訳にはいかないじゃん。それよりあの女の子は? 大丈夫だった?」
「ああ、あの子は別に何にもされてないし……。ただ、俺が急に殴りかかられたものだから、びっくりして泣いてただけなんだ。だから心配ないよ」

直規は、意味ありげな微笑みを浮かべている。

「何? 彼女?」
「いや、違うよ、そんなんじゃないって」

どういう訳か、智は慌ててそれを否定した。

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