トゲのようなもの

「そうですか。じゃあ、心配しなくても大丈夫なんですね? 私もちょっとあの二人は持て余していたから……。もう会うこともないんですかね」

安代がそう言った。智は曖昧にそれに頷いた。

「安代ちゃん達は、明日、アーグラーに行くんだよね。いつ出るの? 朝?」
「ええ、そうです。それで、その日の内にタージ・マハルも見てしまおうかなって。私達、あんまり時間がないから観光なんかはさっさと済ませておきたいんですよね。それに、アーグラーはあんまり人が良くないらしいじゃないですか。奈々が、智さんに聞いたって言ってましたけど。だから、アーグラーには長居せずに、すぐに出てしまおうと思ってます」 安代が、奈々が……、と言うときのその口調には、どこかトゲのようなものが感じられた。どうも安代は、奈々を守ろうという使命感に燃えているらしい。言葉の端々にそんな気持ちが垣間見られる。

「アーグラーの後はどうするの?」

智がそう尋ねると、安代は腕組みして少し考えてから言った。

「そうですね……。カジュラホか、ジャイプルにでも行こうかと思っています。まだそんなにはっきりとは決めていないんですけどね。ただ、帰りの飛行機がデリーからなんで、残りの一週間ちょっとを大事に使おうと思ってます」

安代がそう言うと、奈々は、安代に縋り付きながら哀願した。

「ねえ、姉さん。私さ、もうどこにも行かなくていいからさ、タージ・マハル見たらデリーに帰って来たいの。だって、時間もそんなにある訳じゃないし、帰るまでデリーでゆっくりしておけばいいじゃない。ねえ、姉さん。デリーに帰って来よう」

奈々の本心は、見え過ぎる程見え透いていた。智と一緒にいたいのだ。智は、そんな奈々の気持ちをとても健気に思い、是非ともそうするべきだ、と心の中で呟いた。しかし安代は、とんでもないというような表情で奈々を見ながらそれに答えた。

「何言ってんのよ、あんた。カジュラホに行きたいって言ってたのは、あんたでしょう? 私だって、もし行けそうだったらサーンチーへ行きたいと思ってるし、デリーなんかですることなんて何もないじゃない。駄目よ、デリーに戻って来るなんてのは」
「でも……」

安代は、頑なにそう言って奈々の申し出を却下した。智は、安代は俺に何か恨みでもあるのだろうか、と思った。もしくは、よっぽど自分が信用するに値しない人間と思われているかそのどちらかだ、と彼女の気持ちを詮索した。しかし、安代がそういった危惧や感情を自分に持つに至るほど込み入った付き合いはまだしていない筈なのだが……、と、智は心の中で考えた。

「ところで、安代ちゃん。カジュラホっていうのはまだ分かるけど、サーンチーって一体何があるの? あんまり行くって言う人、聞いたことないんだけど」

遠回しに彼女達の観光日程を短くしようと目論んで、智は安代にそう尋ねた。安代は、智をキッと睨みつけてそれに答えた。

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