「でもな、智。もう、俺らが智を助けた時点で、この問題は智だけの問題ではなくなってるんだ。だって、実際こいつらボロボロにしたのは、俺達なんだから。だから今はもう、俺達の問題になってる。こいつらが目ぇ覚ました後、警察行ったりだとかしないように、徹底的に恐怖心を叩き込む。もちろん、こいつらの住所ももう控えてあるぜ。パスポートナンバーまでな。絶対に俺達には逆らわせない。日本に帰った後もな。大丈夫だよ。もうちょっとしたら、アシッドも切れてくることだろうし、逃がしてやるよ。だからもう、俺達に任しとけって。智にはもう関係ないんだよ」
直規は、ヤスの顔を踏みつけながらそう言った。ヤスは、直規のスニーカーと砂にまみれたタイルばりの床に挟まれて、ぜえぜえ喘いでいる。目から涙がとめどなく溢れている。ときどきしゃくりあげるように体を痙攣させた。よくは聞き取れなかったが、お母さん、お母さん、と言っているようだった。もうこれ以上、智は、そんな様子を見ていられなかった。
「分かった。じゃあ直規達に任すけど、そろそろちゃんと逃がしてあげてよ、頼むからさ」 直規は、分かった分かった、という風に手を振った。そして、良かったな、智が優しい奴でよ、と足の下のヤスに向かってそう言った。智は、その様子からは目を背け、飯喰ったらまた来るよ、それまでにはちゃんと帰してあげておいてね、と言い置いて部屋を出た。直規は、ああ、また後でな、と、去っていく智の背中に向かって声をかけた。
安代と奈々と共に食事に出かけたが、智は、ヤスとゲンの二人のことが気になって、半分上の空だった。度々二人に、どうしたんですか、智さん、と声をかけられ我に返った。彼女達に彼ら二人のおかれている今の状況を、言おうか言わまいか散々迷ったが、結局言わずにおいた。詳しい状況まではとてもじゃないけど話せなかった。
「大丈夫なんですか、あの人達……。かなりひどい怪我をしてたみたいですけど……」
奈々が心配そうに智に尋ねた。奈々が智にそう話かける時、彼女の視線には、明らかに智への特別な想いが込められていた。そのまま智に抱きついてしまいそうな勢いだった。それに気が付くと智は、再び奈々への情熱を甦えらせた。その濡れた唇に、今すぐにでも吸い付いてしまいたい……。
二人はしばらくの間、見つめ合う。その沈黙を、軽い咳払いによって安代が破る。
「ええっと、ヤスとゲンの二人は大丈夫なんですか?」
安代が、怒気の混じった声でそう言った。智は慌ててそれに答える。
「あ、ああ、まあ、ね。大丈夫とは言えないかも知れないけれど、何とかなるんじゃないかな。思ったより怪我も大したことなさそうだし……」
少なくとも嘘は言っていないつもりだが、実際のところ、怪我が大したことないかどうかということまでは定かではない。だが、あの状況をありのまま話す訳にはどうしてもいかなかった。
いつも楽しく読んでます!
しかし無理やりbadに落とすねんて・・・強烈すぎるお仕置きですね笑