腫れた顔

安代は、挨拶もそこそこに部屋の中を覗き込むと、すぐさま奈々の姿をそこに見つけた。

「ああ、やっぱり、奈々、探したんだからね!」

奈々は、母親に叱られている子供のような表情で安代を見ている。安代は、すいません智さん、いきなりお邪魔しちゃって、と言ったところで智の顔を見て言葉を失った。

「どうしたんですか、その顔……」

口に手を当てて安代は呆然と智の顔を眺めている。

「ああ、ちょっと、ね……」

とりあえず安代に部屋に入ってもらって、ことの成りゆきを智は詳しく説明した。そして奈々にも直規と心路の二人のことを詳しく話した。

「そうだったんですか……。確かに、あの二人はちょっとね……。でも、彼らは、その後どうなったんですか? そんなにひどくやられたのに、大丈夫なんでしょうか」
「さあ…ね。分からない。直規達が引っ張っていったから……」

腫れた顔を撫でながら智はそう言った。思いついたように智は、二人に、ちょっと傷口を洗ってくるから、と言い置いて部屋の外にある共同洗面台に向かった。その途中、安代と奈々の二人が小声で話しているのが聞こえてきた。

「あんた、何、やっちゃったの?」
「ううん」
「じゃあ何、どこまでやったのよ」
「キスだけだよ」
「本当に?」

智は、顔を洗いながら、気まずいな、と思った。これじゃあ安代は、まるで娘の部屋に様子を見にきたおせっかいなお母さんだ。どんな顔をして部屋に戻ればいいんだろう……。智は、何となく微笑みながら部屋に戻った。かなり引きつった微笑み方だったろうが、顔がこんなだからそう大して気付かれないだろう、と、心の中で自虐的にそんなことを考えたりもした。
部屋の電気をつけた。外から帰ってくると、思っていた以上に部屋の中は暗かった。

「智さん、あたし達、ちょっと部屋に戻りますね。明日、アーグラーに向けて出発するんで、色々予定立てたりしないといけないし。また後で晩ごはんでも食べに行きましょう。私達、呼びに来ますから」

そう言うと安代は、奈々を促して部屋の外に出た。奈々は、名残惜しそうに智を見つめながら、安代に従った。智は、猛烈に奈々を抱きしめたかったが、安代の鋭い視線がまるで我が子を守る母ライオンのように智を威嚇していたので、とてもそんなことをする勇気はなかった。

「じゃあ、また夜に……」

智は、そう言って二人を見送った。

「腫れた顔」への1件のフィードバック

  1. はじめまして
    いつも仕事の合間に楽しませていただいてます。

    ところで2006/02/06の「ありもしない壁」は内容を見ると2008/01/30の「星」と2008/02/15の「生きて行かねばならない理由」の間に投稿するはずだった話ではないでしょうか?ちょっと話し飛んでないかな?と思ったもので違いましたらすいません。

    とても楽しみにしています、これからもがんばってください。

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