「何だよ、こんな奴」
直規は、ぼそっとそう言うと、うずくまっているヤスの腹部を大きく蹴り上げた。ヤスの体は、絞り出されるような呻き声と共に二つに折れ、仰向けに転がった。ヤスは泣いているようだった。直規は、チッと舌打ちすると、ヤスに唾を吐きかけた。そして智に近寄って、智の顔を覗き込んだ。
「サトシ、大丈夫かよ?」
久しぶりに見る直規の顔は、大分日に焼けているようだった。それにスキンヘッドに近いぐらい髪を刈り込んでおり、顔中に返り血を浴びていた。直規に喋りかけようとすると急に顔のあちこちが痛みだし、智は何も話すことができなかった。頬の辺りに触れてみると、左目の下の辺がパンパンに腫れている。どうやらその腫れが目を塞いで視界を遮っているらしい。直規の顔がぼやけて見える。
「ああ、こんなにやられちまって。ひでえよな、全く。久しぶりに会ったっていうのによ」 智の顔を撫でながら直規はそう言った。
「直規くん、こいつらどうする?」
心路が言った。
「目ぇ覚ますまでその辺に転がしとけばいいだろ。それよりその女の子だよ。大丈夫か?」 奈々は、口を押さえたまま怯えて震えている。奈々の肩に手を置いて、心路が優しく話しかける。
「大丈夫? 怪我してない?」
奈々は、泣きながら小刻みに何度も頷いた。心路は、智に近寄って声をかけた。
「智、話せるか?」
智は、ようやく体を起こして服に着いた泥や砂を払った。顔は痛むが何とか話はできるようだ。
「ああ、何とか大丈夫。ハハ、心路、直規、久しぶり」
智は心路と抱き合った。直規も智の側に来て智の体を抱きしめた。智は、思い出したように奈々を見ると近寄って、手を取った。奈々は、身を強張らせながら智の顔を見つめていたが、ふいに、取り乱したように泣きながら智に抱きついた。智は、どうしていいか分からないまま少しの間うろたえていたが、そのまま両手を奈々の背中にそっと回した。
直規と心路は、二人のその様子を眺めながら、智、後でまた会いに来るわ、と言った。そして二人でヤスとゲンを部屋の外へ引きずり出した。
「こいつらのことは俺らに任せといてくれ。智は、その子、ちゃんと見ておいてやれよ。俺らもここに泊まってるんだ。探したぜ、智のこと。レセプションで聞いたらこの部屋だっていうから、来てみたらこんなことになってるだろ? 驚いて俺は何か言おうとしたんだけど、その前に心路の奴がそいつ蹴り上げててさ、ハハハ。じゃあ、俺ら一階の部屋だから、後でまた来てくれよ」
泣いている奈々を抱きながら智は大きく頷いた。直規はヤスを、心路はゲンを引きずりながら、部屋の外へと消えていった。扉を閉める時に直規は、奈々と智の顔とを見比べながら、智に向かって意味ありげにウィンクをした。智は微笑んでそれに答えた。