ゲンの拳が、智の頬骨にめり込む。ゲンの拳の圧力と、リノリウムの固い床で頭を挟まれ、視界が揺れるのを智は感じた。痛さはあまり感じない。ただ、衝撃が、脳に直接響いてくる。何回かそれが繰り返されると、しだいに意識が遠のいていった。奈々の甲高い悲鳴が頭の中で反響しながら響いている……。
もう意識を保つ努力をするのを放棄する寸前に、智は衝撃から解放された。ぼやける視界でゲンを見ると、ゲンは、腹を押さえてうずくまっている。もう一度良く見てみると、誰かがゲンの腹部を蹴り上げている。その度にゲンの体は宙に浮き、うぇっ、うぇっ、という、奇妙な音を発している。
「お前、何してやがんだよ! 立てよ、コラ!」
その男は、うずくまるゲンの髪を掴み無理矢理立たせると、思いっきり拳でぶん殴った。鈍い音と共にゲンはふっ飛んで部屋の隅で頭をぶつけた。男は、少し顔をしかめて殴った方の手の平をぶらぶらと振りながら、座り込むゲンの顔を二三回蹴り上げた。ゲンの頭が垂直に上を向く。もうゲンは完全に伸びている。
「オラ、寝てんじゃねぇよ、お前」
男は、静かにそう言うと、ゲンの襟首を両手で持って再び立ち上がらせた。そして、ぐったりとしているゲンの顔をめがけて、思いっきり自分の額をめり込ませた。骨と肉のぶつかり合う重々しい音とともに、ゲンは完全に崩れ落ちた。
良く見ると、もう一人いる。もう一人の男は、ヤスの胸ぐらを掴んで頬に平手打ちを喰らわせている。一発殴るごとに、パーンという大きな音がして、ヤスの顔は殴られた方の反対側へ大きく吹き飛ぶ。吹き飛ぶと、今度はそちら側からもう一度平手打ちが飛んでくる。それがだんだんだんだん速くなっていき、その内に、ヤスの鼻からは鼻血がボタボタボタボタ流れ始める。それでも男は、殴るのを止めることはなく、そのまま何発も何発も平手で打ち続けた。ゲンの頭を足で踏みつけながら、それを見ていたもう一方の男がその男に向かって声をかけた。
「直規くん、もう止めときなよ。死んじゃうよ、そいつ」
智は、ハッとして、その男の顔をよく見返した。心路だった。そして殴り続けているその男はまさしく、直規であった。
直規は、心路に声をかけられた後もヤスに数発平手をお見舞いした。そして最後の一発は、一際大きな音がした。ヤスは、それが顎に入ったらしく、閉じない顎を押さえたままうつ伏せに床に倒れ込んだ。鼻からの出血が、尋常ではない。
毎回楽しみにしてます
頑張って下さい