奈々は、言葉では表しきれないもどかしさを全身で表現しながら、何とか必死にその素晴らしさを智に伝えようとしていた。
「ああ、俺もガンガーに昇る朝日は見たよ。確かに凄いよね。あんな景色は初めてだった」 智は、そう言いながらも奈々程には感動できていない自分に気が付いて、少し暗い気分になった。そして、もう一度その光景を見てみたいと、強く思った。
「そうですよね! あんなことが日常的に毎日繰り返されているなんて……。そんな風に思ったら、自分があれこれ思い悩んでいることなんて本当にちっぽけなことのように思えてきたんです。もっと楽しく生きよう、って思ったんです!」
奈々は自分よりもずっと先を行っているな、と智は思った。自分は、奈々の言葉を借りれば、ちっぽけなことであれこれ思い悩んでいる状態なのだ。そこからずっと抜け出せないでもがき苦しんでいる。それは、旅を始めて一年たった今も変わることはない。
「そっかあ。奈々ちゃん、それは凄くいいことだと思うよ。だって、日本にいる若い子達って皆そんな風に思い悩んでいる訳でしょ。そしてそこからずっと一生抜け出せないままの人だっている訳だ。いや、殆どの人がそうなのかもしれない。そして、自分からも他人からも、目を背け続けていく内に、何にも感じなくなって……。でも奈々ちゃんは、そんな自分を変えようと、リスクを背負って自分自身で旅に出た訳だ。そして、今までの自分を変えてしまうような何かを手に入れて……。そんなこと、誰にでもできるようなことじゃない。だから、それって凄く貴重で素晴らしいことだと思うんだ」
智がそう言うと、奈々は照れくさそうに微笑んだ。そして、はにかみながら、ありがとうございます、と言った。
しばらくして智が部屋に帰ろうとすると、奈々は、もう少しお話ししませんか? と智を引き止めた。しかし智は、干しっ放しで忘れていた洗濯物をどうしても片づけてしまいたかったのでそれを断って帰ろうとすると、奈々は、じゃあ、お部屋にお邪魔してもいいですか、と言う。別に断る理由もないので、智はそれを承諾した。しかし、いざ部屋に向かって歩き始めると、急に幸恵とのことが思い出された。
――― あんな状況にだけはならないように注意しなければならない。せっかく彼女は、インドまで来て自分にとっての真実を発見し、人生が変わるような経験を得られたんだ。それを俺がブチ壊すような真似だけは、絶対に避けなければ ―――
奈々は、智のそんな心の内など全く知る由もなく、笑顔で元気に歩いていく ―――