「あっ! そういえば言ってましたよ」
智は、祈るようにして次の言葉を待った。
「建さんって人も智さんと一緒だって」
ほっと智は胸を撫で下ろした。どうやら幸恵はあのことを言わないでおいてくれたらしい。しかしすぐさま、谷部には言っているかもしれないと思い、二人がベッドの上でそんな話をして笑い合っている所が自然に想像され、智は、再び激しい嫉妬に襲われるのだった。
「建さんはどこにいらっしゃるんですか?」
クリクリとした丸い瞳を輝かせながら、奈々は智にそう尋ねた。
「建さんは、もう、行っちゃったんだ。幸恵ちゃんが出た後すぐにね」
「そうなんだあ、残念。建さんって人も、長く旅行してる人だって聞いてたから、色々お話ししたかったのになあ」
「そうだね。会えると良かったんだけど。面白い人だよ。中々ああいう人には出会えないからなぁ……」
そう言いながら智は、ヤスとゲンのことを思い出した。そうなのだ。大半はああいう下らない奴らばかりなのだ。
「そういえば智さん、昨日はごめんなさい。私達が誘ったばっかりに、あんなことになっちゃって。嫌な思いしたでしょう?」
智の気持ちを察したのか、奈々は昨日のことを持ち出した。
「いや、いいんだよ。何にも言えなかった俺も悪いし。それよりも、奈々ちゃんだってひどい目に遭っただろう?」
「私は……、大丈夫でっす! 姉さんがついてますし!」
そう言うと奈々は再び敬礼した。
「でも、そんなに安代ちゃんに頼ってばかりもいられないだろ?」
「そうなんですけど……」
俯きながら奈々はそう言った。
「安代ちゃんとはどういう知り合いなの?」
「バイト先の先輩なんです」
奈々は、智の顔をサッと見上げた。黒縁眼鏡の奥から眺める奈々の瞳は、少し潤んでつやつやと輝いている。
「そっかあ。成る程ね。それで奈々ちゃんは安代ちゃんに誘われてインドに来たんだ」
納得したように智はそう言った。
「違うんです。私が言い出したんです」
智は、驚いて奈々を見返した。どうみても安代が奈々を誘ったとしか思えない。
「私、どうしてもインドに来たくって。でも、こんなだから、皆にやめとけ、やめとけって言われ続けて。そしたら安代姉さんが、一緒に来てくれるって言ってくれて……。そのおかげで私、何とかインドに来ることができたんです。もう、嬉しくって嬉しくって。姉さんとは一生友達です!」
「そっかぁ……。俺は、てっきり安代ちゃんに誘われて来てるのかと思ってたよ。でも、何でそんなにもインドに来たかったの?」
智がそう尋ねると、奈々はしばらくの間考え込んだ。そしておもむろに智の顔を見上げ、言った。