村の一員

――― つまらない意地の張り合いや、探り合い。誰が何年旅して、どこへ行っていたって、そんなことどうだっていいじゃないか。まるでそれで人間の価値が決まるみたいに……。全く下らない。俺は、そういうのにうんざりして、あの、小さな村みたいな日本という国を飛び出してきたというのに、どこへ行ったってああいう輩はいるものだ。日本の陰惨な村社会を引きずって海外を渡り歩いている奴……。そういう奴らは、たとえ何年旅しようがどんなに過酷な地を歩こうが死ぬまで変わりっこないのだ。一生、村の住人のままなのだ。少なくとも俺は、そんな村の一員で終わりたくはない。太古からの呪われた因習によって支配された陰惨な村社会。それが俺の目から見た日本の社会だ。俺は、その村から脱出するためにこんなにも辛い旅をしているのだ。それらから自由になるために、旅を続けているのだ。なのに、あいつらときたら! いつまでもいつまでも村の掟を念仏のように繰り返す。世界中を念仏を唱えながら歩くのだ。まるで村の呪いを世界に広めるかのように! ―――

智は、深い溜め息をついた。そして、ぐったりと首を垂れる。そうしていると何故だか久しぶりに煙草を吸いたい気分になってきた。智は、決して煙草を吸わない訳ではないのだが、こちらの国々の安い粗悪煙草を吸い続けるうちに、体の不調を覚え始め、最近ではめったに吸うことはなくなった。吸う時といえばチャラスを巻く時ぐらいで、純粋に煙草だけを楽しんでいたのは、もうかなり前のことになる。

智は、ジョイントを巻くときのために買っておいた「フォー・シーズンズ」という銘柄のインド製煙草をバックパックから取り出して、一本手に取った。そして火をつける前に鼻の辺りに擦り付け、香りを楽しんだ。煙草の葉の良い香りがする。智は、それを口にくわえると火をつけた。ジリジリと、煙草の先端部が燃えていく。そしてゆっくりと煙を吐き出した。不思議とついさっきまでイライラしていた気持ちが治まって、少し落ち着いた気分になる。智は、じっくりと一本の煙草を味わい続けた。

夜になって食事を終えて帰ってくると、二階の谷部と君子が泊まっていた部屋の前で、智は、二人組の日本人の女達と擦れ違った。一人は、黒縁眼鏡をかけている顔の小さいかわいらしい感じの女で、もう一人は、姉貴分といった風采のどっしりとした体型の女だ。擦れ違い様に黒縁眼鏡が、こんにちは、と言うので、智も、こんにちは、と返すと、彼女は、思春期の女がよく上げる甲高い嬌声を発しながらしきりに姉貴分に抱きついた。智は、怪訝な面持ちで彼女のその様子を見ていたが、姉貴分が智のその様子に気が付いたのか、智に向かってこう言った。

「すみません、この子、はしゃいじゃって。私達、今日デリーに着いたばっかりで、何だか興奮しちゃってるんです。あ、私、安代って言います」
「奈々です!」

黒縁眼鏡は、安代にしがみつきながらそう言った。安代は、自己紹介をしながら彼女をなだめている。

「智です」

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