「価値があるかどうかは分からないが、責任はあると思うぜ」
「責任、ですか」
「ああ、責任。周りの親しい人達に対する責任。その人達を悲しませないためにも、お前は生きて行かなきゃならない。生きて行くという責任があるんだよ」
智は少し驚きながら言った。
「ということは、僕は、その人達のために生きているということですか?」
「まあ、簡単に言ってしまえばそういうことなんじゃないのかな。智、知ってるか? お前の命はお前のものではないんだぜ」
建がそう言うと、智はその言葉に顔を引きつらせた。
――― 俺の命は、俺のものではない? ―――
「じゃあ、一体誰のものなんですか?」
智は、建に挑みかかるようにそう尋ねた。建は、まあ落ち着けよ、という風に智をなだめながらそれに答えた。
「それは……。天の神様のものなのかも知れないし、恋人や、両親、友達のものなのかも知れない」
「ハハハ、そんな……。俺ね、建さん、プシュカルにいた時に、ババジに言われたんですよ、お前の肉体はお前のものではない、神からの借り物なのだ、ってね。今、建さんは、俺の命までも俺のものではないと言う。一体じゃあ、僕という存在は何なんですか? 誰の、何の為のものなんですか!」
「何なんだろうな。分からない。分からないけど、それが人間というものなんじゃないのかな」
建は、智を見つめながらそう言った。
「だったら人間というのは、自分以外のもののために生きなければならないということになる。他人のために、と言ってもいいかも知れない。だけど、建さん、だけどね、一体この地球上の何人が人のために生きているっていうんですか? みんな自分のことで精一杯じゃないですか。自分のことしか考えられなくって、他人を欺いて、人を蹴落とすことだけに一生懸命だ。そんな人間ばかりじゃないですか。そんな奴らに、あなた達の命はあなた達のものではない、なんて言ったって、鼻で笑われるだけですよ。そんな奴らに、他人のために生きなさい、って言ったって、馬鹿にされるだけですよ。僕だってそうです。僕だって、他人のためになんて生きられない。自分の保身で精一杯だ。他人のために、辛い思いも何もかも我慢して生きろって言われたって、そんなの到底無理なことですよ!」
智は涙ぐんでいる。
「俺は、智がそうやって思っているだけでいいと思うけどな」
建は優しくそう言った。