二人は、智の部屋へ戻ってボンをした。部屋はなおも蒸し暑く、扇風機は頼りなくフラフラと首を振りながら、室内の湿った空気を虚しく掻き回す。智は、ミネラルウォーターのペットボトルを手に取ると、蓋を開けてゴクゴクと喉を鳴らしながら体に流し込んだ。そして、一息ついてからぽつりとこう言った。
「建さんも明後日には行ってしまうんですよね……」
智は、ベッドの上に片肘をついて横たわっている建を見た。
「ああ、そうするつもりだよ。もういい加減、この街からは出て行かないとな」
「そうですか……。そうなると、また寂しくなるなあ……」
「何だよ。どうしたんだ、智? そんなの今回に限ったことじゃないだろ?」
「ええ、それはそうなんですけど……」
智は、もう消えかかっているジョイントに再びライターで火をつけ建に手渡した。建は、身を乗り出してそれを受け取ると深々と一服した。吐き出された大量の煙で部屋の中は白く霞む。
「実は最近、何だか気持ちが落ち着かなくって、それがどうしてだか良く分からないんです。ちょっと精神的に弱ってるのかも知れません……」
「智、昨日も言ったかも知れないけど、ちょっと考え過ぎてるんだよ。もう少し楽に旅することを覚えなよ」
「楽にって言っても……。建さん、人はどうして生きていかなければならないんですか
ね?」
智は、ジョイントを口に運ぶとその煙を思いっ切り肺に入れた。肺の中が煙で充満しているのを、智は、イメージとしてはっきりと思い浮かべることができる。そして煙が鼻からゆっくりと抜けて行くと、まるで脳震盪を起こしたかのように頭の中が空っぽになり、脱力する。智は目を閉じた。そしてしばらくの間そのままでいた。
「別に、無理に生きる必要は無いと思うぜ」
唐突に建は言った。
「もし、生きる自由っていうものがあるとしたら、反対に、死ぬ自由っていうものもあるかもな。自殺っていうのも一つの道なんじゃないのかなって、俺は思ってる。でも、死んじゃあいけないとも思う。だから、本当のところは俺にも良く分からない。ただ一つだけ言えるのは、智がもし自殺なんかして死んだら、俺は悲しむと思う。そして、智の友達や親兄弟、恋人なんかも同じように悲しむと思う、ということだ」
建は、智の手からジョイントを奪って一口吸った。
「僕も、建さんが死んだら悲しむと思います」
智はぼそっと口を開いた。
「だから、そこなんですよ。どうしてそんなに辛いことをたくさん経験しないといけないのか、ということなんです。生きていたら、出会いや別れというものは星の数程あるでしょう。一時だけの別れもあるかも知れないけど、もう二度と会えない別れも確かにあります。死ぬっていうことはそういうことじゃないですか。死んでしまえばその人にはもう絶対、二度と再び会うことはできません。別に嫌いな奴ならどうってことないかも知れないけれど、仲の良かった人や、恋人や、親や兄弟、そういう人達が死ぬっていうことは、とても辛いことじゃないですか。それらを乗り越えてまでも生きて行かねばならない……。一体、生きるということはそんなに価値のあることなんでしょうか?」
しばらく考えてから建は言った。