建は、必死に名前を思い出そうとして顔をしかめた。
「君子さんじゃないですか?」
智がそう言うと、建は、すっきりしたような晴れやかな顔になって再び話し始めた。
「ああ、そうそう、君子ちゃんだ。思い出した。谷部君は、一緒にいる女の子が見る度に違うから名前が覚えられないんだよ。そう、その二人がバラナシにいる筈だから、もし出会ったら俺達のこと聞いてみなよ。きっと色々良くしてくれると思うよ。谷部君、バラナシは長いからさ。多分、ババ・ゲストハウスっていう所に泊まってると思う」
「あ、そのゲストハウスなら、”地球の歩き方”にも載っていますね。私は、ビシュヌ・レストハウスという所に泊まろうかと思ってるんですけど、どっちがいいんですかね」
「ビシュヌは智が泊まってたとこだよ。なあ、智」
建は、智の方を振り返りながらそう言った。智は頷きながら幸恵に言った。
「俺はビシュヌのドミに一ヶ月ぐらいいたんだけど、もしドミに抵抗あるんだったらシングルやダブルもあるから、初めて行く分にはいいかもね。日本人もたくさんいるし、安いし。でも、今の時期だとかなり込んでるかも知れない。人気のある所だから、常に満室の状態であることが多いんだ。でも、そこが満室でも周りにいくらでも宿はあるから、心配しなくてもいいよ。あの、”久美子ハウス”もすぐ隣だしね」
「えっ、あの有名な”久美子ハウス”ですか……。そうか、隣にあるんだ……。まあ、着いてから考えることにします。谷部さんと君子さんですね。うまく出会えるといいんですけど」
「いや、彼らがバラナシにいる限り絶対に出会えるよ。”スパイシーバイツ”っていう有名なツーリストレストランがあるから、そこへ行ってごらん。坊主で目が細くってわりとがっちりとした体型の人だよ。よく頭にターバン巻いてる。あ、それと気をつけなきゃいけないのが、谷部君、女にはむちゃくちゃ手を出すのが早いから、もし君子ちゃんがいなかったら要注意だよ。きっと次なる獲物を求めてる筈だから。ただ、いいおっさんだから、智みたいに若さに任せて勢いで押し倒すようなことはせずに、もうちょっとじわじわと来るだろうからさ。その辺は気をつけておいた方がいいかもね」
「はい、分かりました。注意しておきます」
幸恵は厳粛に建の忠告を受け入れた。智は、建さん、その話はもういいじゃないですか、と言って建に抗議した。建は、笑って、冗談だよ、冗談、と智に言った。
「谷部君に会ったらちゃんと、智さんに襲われそうになりました、って言うんだよ」
「はい、ちゃんと報告するようにします」
幸恵は真顔でそう言った。
「だから、もう勘弁してって。ちょっと、幸恵ちゃん、谷部さんに会ってもそんなこと言わないでよ、お願いだから」
智が泣き出さんばかりの勢いでそう言うと、幸恵は、冗談ですよ、冗談、と言って智をからかった。智は、顔をくしゃくしゃにしながらそっぽを向いた。建と幸恵の笑い声が店内に大きく響いた。