幸恵は、うっとりとした眼差しで智の話を聞いていた。そして、ハァー、と溜め息を一つ洩らした。
「そんなにドラマチックなことがあるなんて……。私、凄く智さんのことが羨ましいです。私のしてきた旅なんて、どれもこれも平凡で……」
「ハハハ、別にそんなに特別なことではないと思うよ。人の話だからそう思えるだけで、幸恵ちゃんの旅の話だってきっと俺にとっては驚くようなことがたくさんあると思うけどな。ただ、自分では気が付かないだけでさ。例えば……、幸恵ちゃんは、今、学生なんだっけ?」
「はあ、何で知ってるんですか?」
「だってさっき、春休みがどうとか言ってたでしょ?」
「ああ、そっか。そうです。大学生なんです」
「でしょ? それで今は何年生? 今度四年生?」
「いいえ、三年生です」
「ってことは、今、二十歳ぐらい?」
「はい。二十歳です」
「だろ? それだけでも俺にとっては十分凄いことだよ」
「どうしてですか?」
「だって俺は、二十歳のときにインドに来ようなんてことは、これっぽっちも思わなかったもん」
智がそう言うと、幸恵は、納得がいかない、というように智の言葉に口を挟もうとしたのだが、智はそれを遮った。
「そんなもんだって。俺の香港の話だって、やっぱりちょっと特殊なことではあるかも知れないけれど、二十歳の女の子がインドに来てることの方がもっと特殊なことだよ。しかも一人で。それにトルコにも行ってるんだろ? 十分凄いじゃない」
「そんな。実際、旅をしていることは事実かも知れないですけれど……」
「だろ? だから、俺だってそんなもんだって」
智は、瓶の中に残っていた最後のリムカを、ストローで一息に吸い上げた。幸恵は、少し不満そうに、そうですかねえ、と言って首を傾けた。
「どうしてインドに来ようと思ったの?」
智がそう尋ねると、少し考えてから幸恵はそれに答えた。
「そうですね。あんまりはっきりとは分からないんですけど、私、ヨーロッパとかアメリカには全然興味が無くって、むしろ、中東だとかアジアの国の方に強く惹かれるんです。それでやっぱりインドっていう国は特別な感じがして……。行けるうちに行っておかないと、ずっと行けなくなってしまうようで……。だから今回、急いで出てきたんです。実は学校がもうすぐ始まるから、授業をさぼってることになるんですけどね。でも私、良かったです。着いた初日に智さんのような人に出会えて。是非インドのこと、色々教えて下さいね」
控えめに笑いながら幸恵はそう言った。
「ああ、いいよ。俺が知ってる範囲ならね。役に立つかどうかは分からないけど。あっ、そうだ、俺、写真を現像に出してるんだよ。だからもうちょっとしたら、それ、取りに行かない? 一緒に見ようよ」
「わあ、嬉しい、是非、見せて下さい」
幸恵はそう言うと、また一切れステーキを口に運んだ。