「何だか、凄い話ですね。野犬に襲われるだなんて……。健さん、よく助かりましたよね」「ああ、ばあちゃんが俺の悲鳴を聞いて、すぐに駆け付けてくれたんだ。それで必死になって犬どもを追い払って、人を呼んで、病院に運んでもらって……。もう少しばあちゃんの来るのが遅かったら駄目だったかもな」
智は無言で頷いた。
「俺は、ばあちゃんっ子で、母さんはいつも働きに出てたから、幼い頃からずっとばあちゃんと一緒だったんだ。ばあちゃんも俺のことがかわいかったんだろう、俺のことを本当に大事にしてくれてたんだ。そんなだから俺がそんな目に合ったのが相当辛かったんだろうな、俺が意識を取り戻した時には、ばあちゃんは、もう、いなくなってた。この世にはいなかった。俺が入院した後すぐに寝込んでしまって、そのまま回復せずに死んでしまったらしい。心労がたたったんだろうってことだったよ。俺は、寂しくって寂しくって、それから誰ともあんまり口をきかなくなった。学校にも行かなくなってずっと一人でぼんやりしてた。ばあちゃんに会いたいな、ばあちゃんに会いたいな、って、そればっかり思って。母さんは相変わらず働きに出てるから、本当に一人ぼっちだったな。寂しかったよ。本当に」
智は、身につまされる思いでその話を聞いた。優しかった自分の祖母のことが自然と思い出された。
「大変なことでしたね……」
「ああ、まあな。辛かったよ、本当に。でも、思えばあの時からなんだなあ……、何となく全てが変わっていったのは……」
「どういうことです?」
「その後な、小学校三年生ぐらいになって、俺は、母さんの財布から金を盗むようになったんだ。別に欲しい物があった訳じゃない。何でだか分からないけど、盗むようになったんだ。何に使う訳でもなく、ちょっとずつ盗んでいった。それでいくらか貯まったその金で街へ出かけるようになった。学校へは行ってないし、母さんは仕事でいないし、何にもすることなんてなかったからな。最初の内は母さんも必死になって俺を学校へ行かせようとしてたんだよ。だからしばらくの間は俺も頑張って行こうとしてたんだけど、学校へ行くと物凄く苛められるんだよ。犬の子だ、犬の子が来た、って騒がれて。あと体育の授業なんかで教室で着替えたりするだろ、その時なんか俺の傷跡を見てみんなからかうんだ。やあい、つぎはぎだ、人造人間だ、だの、色々言われたよ。女の子達も露骨に嫌な顔して教室から出ていっちまうし、助けてくれる友達なんて誰もいなかった。そんなだから学校なんて行きたくなくなるだろ? だから学校行ったふりして、そのまま街に出かけてたんだ。電車乗ってさ。そっからだな。俺の放浪癖が始まったのは。ハハハ。街は刺激的だったよ。全く別の世界にいるようだった。街にいる時は、ばあちゃんのことも何もかも全部忘れてたな。寂しい気分も感じなかった。そうやって徐々に街へ行くことが日課になっていき、その度にその辺りをフラフラしてたら、街の不良達と仲良くなってさ。向こうも、何だかおかしなチビがいるって言うんで近寄って来て。それでそいつらとブラブラ遊んでる内に、シンナーをやるようになったんだ。そいつらがやってたから俺も一緒にやるようになったんだな。ハハハ、そこからスタートしてるんだよ、俺のドラッグ歴は。行く度にやってたよ」