金を渡してしまったら、もちろん返ってはこない。
取られてたまるか、と思った私は、「なぜだ」
と尋ねる。
係員は、「おまえ達は書き忘れというミスを犯した。それはおまえ達の責任だ」
だからパキスタンルピーを出せ、と言う。
そんなバカな話があるか。
「おまえ達インド人の係員が、書く必要がない、と言ったから私は書かなかったのだ。ミスを犯したのはおまえ達の方だ」
と私は言い返す。
「だから、パキスタンルピーを出す必要はない」
私と一緒にいる日本人旅行者も、ここがふんばり所と言い返す。
しかし係員は、「そんなことは知らない。ここに書いていない金を出せ」
と言う。
彼らもここでがんばらなければ、私たちから金が取れないため、ねばる。
「書いてないことがそれほど問題ならば、今から書くから貸せ」
と私は係員から用紙を奪おうとする。
係員は、私に用紙を渡すまいとする。
用紙をつかんだ私は、おもいっきり引っ張った。
ビリッ!
用紙は2つに破れた。
皆の視線が、破れた用紙にそそがれる。
その場に沈黙が流れる。
「もういい、ゆけ」
と係員が言う。
私たちはインドを出国した。
パキスタン側に入った。
パキスタンに入国するため、私たちは入国窓口の男に話しかける。
「君たちを入国させてあげたいのだけれど」
と窓口の男は言う。
「ペンが無いから、手続きができない」
仕方なく、私は係員にペンを貸す。
私たちの手続きが終わった。
ペンを返してくれ、と言うと、係員は私たちの後ろからくる欧米人を指さして言う。 「彼らの入国ができなくなる」
そんなにペンが欲しいのか。
しかし、係員にペンをあげる義理など、私にはない。
「私は、彼らが入国できなくてもかまわない」
私はペンを取り戻し、次のチェックポイントへ向かう。
次のチェックポイントは、荷物検査だった。
係員は、私たちのバックパックを碌に調べもしない。
「OKだ」
と言って、係員は私たちに尋ねる。
「私への贈り物はあるか」
私は笑いながら、そんな物はない、とこたえる。
「そうか」
さみしそうにこたえる係員を背に、私たちはパキスタン入国を果たした。
国境を越えるのは、どうもめんどうくさい。