円錐形をした小さな石をチラムの中に入れると、谷部は、その上にチャラスの混ざった煙草の葉を詰め込んでいった。それをチラムの先端すれすれまで詰め込んでしまうと、ほら、と言って智に手渡した。
「僕からでいいんですか?」
突然手渡されたチラムに少し当惑しながら智はそう言った。
「当然だろ。久々に再会したんだし、ゲストからやるもんなんだよ、こういうものは」
谷部は、何を言っているんだと言わんばかりに智にチラムを押し付けた。智は、恐縮して渋々それを受け取った。
あまり親しくない人達とボンをするのはいつも緊張する。チャラスがキマッて無防備な自分が、何の警戒心もなく知らない人達の前に曝け出されてしまうからだ。もしそれをコントロールして自分をなるだけ見せないようにするとしたら、それは精神的にひどく困憊してしまう。気のおけない仲間達とボンをする分にはリラックスしてとてもいいものなのだが、知らない人達が何人もいる所では、智は、心置きなく自分自身を解放することができないのだ。しかも相手は、智があまり良く思っていない、ババ・ゲストハウスの谷部さんだ。できればこんなことはせずに適当に談笑してさっさと帰ってしまいたかった。
「ほら、どうしたよ。早く構えろって」
チラムを吸うには独特の構え方があって、両手を使って吸い口を作りその隙間に口を当てるのだが、そうすると自然と首を斜めに傾けた状態になり、そこからチラムがスパッと抜け出しているその姿は熟練者になればなる程様になる。年期の入ったサドゥーなどが恍惚とした表情でそうしていると、何か神聖さのようなものすら感じられる程だ。
「はあ……」
智は、谷部の言葉に溜め息混じりにそう答えると、覚束ない手付きで両手でチラムを包み込む。今まで何度もこういう機会はあったので、一応そのやり方は知っている。
「ボン・ボレナ」
谷部は、二本いっぺんにマッチを擦ると、腹の底から絞り出されたような声でシバ神を称えるマントラを唱え、チラムの先端に火を点した。それと同時に智は力一杯空気を吸い込んだ。シューという吸気音とともに、大量の濃い煙が智の気管に入り込む。そして勢いよく鼻と口から煙を吐き出すと、その途端、激しくむせ返った。むせ返りながら横にいた建にチラムを手渡す。谷部は、既にマッチを擦って待機しており、建は、慣れた手付きでサッと両手でチラムを包み込むと、ボン・シャンカール、と小さくマントラを呟いて谷部の点火を待った。間髪入れずに谷部は、ボン・ボレナ、と言いながら建の持つチラムに火をつけた。建は、物凄い勢いで煙を吸い込むと、その後数回、息継ぎの要領で手の間に隙間を作って更に多くの煙を体内に取り入れた。大量の煙が、作られた手の隙間から規則的に溢れだし、一瞬で部屋の中は真っ白に煙った。そんな建の様子を見ていたジョージが、アメイジング、と囁くようにそう言った。建は、しばらく体内に煙を溜めると、一気にそれを吐き出した。まるで白煙を吹き出す機関車のような勢いで、建の鼻と口から煙が吐き出された。建は、ボン、と言って右手でジョージにチラムを手渡した。ジョージは、ボン、ボン、と言って差し出されたチラムを右手に左手を添えて丁寧に受け取った。ジョージは、もう既にキマッているのか、常に表情に柔らかな微笑みをたたえている。その時智と一瞬目が合ったが、その目は何だかとても優しかった。何故だか分からないがそう感じた。智は、温かい、落ち着いた気持ちになった。