内輪意識

「ジョージは、ゴアでディーラーやってた奴で、これがまた、いいネタ持ってんだよ。最近俺達はすっかり普通の旅行者になってたから、観光ばっかでしばらく手に入んなかったんだよな。そこでこの宿来たら、色んな奴いるから退屈しなくってさ。で、ジョージに出会ったって訳だ。さっそく色々分けてもらって、毎日天国だよ、全く、ワッハッハ」

谷部は、顔の艶を一層輝かせながら豪快に笑った。そう言われてみれば、部屋の中はチャラスの残り香が薄らと漂っている。女が常に笑顔でいるのはチャラスが効いているせいなのかも知れない。

「そういえば、建、お前今日出るって行ってなかったか?」

おもむろに谷部は建に向かってそう言った。

「ああ、そのつもりだったんだけど、今朝ここ来ただろ? その時、偶然智に会ったもんだから、もうちょっといようかなと思って。智もこの宿泊まってるんだよ」
「何だ、そうなのか。じゃあ、まだデリーにいるんだな。智もここに泊まってるのか。なかなか面白い所だろ? この宿。あっそうだ、お前も一緒にボンしないか? ボン、するだろ?」
「ええ、まあ」
「バラナシにいた時は、したことなかったよな」
「そうですね、一緒には」
「そうだよな。お前、俺達の所には来たことなかったよな。どこだっけ、ビシュヌ? 泊まってた所は」
「ええ、そうです」
「あそこにいた奴なら、ええっと、清志だっけ。いただろ? そんな奴。あいつはよく遊びに来てたよなあ」
「ああ、清志って奴は僕らの泊まってたドミにいました。よくババ・ゲストハウス行って来るって言って出ていって、パキパキにキマッて帰って来てましたよ。確か、谷部さん達のことも話していたと思います」

清志というのは、智よりも幾つか若い学生の旅行者で、ビシュヌ・レストハウスのドミトリーでしばらく智と一緒だった男だ。年令が若かったせいもあるだろうが何ごとに対しても貪欲で、興味のあることには常に全力で向かって行くようなタイプだった。その反面、一歩間違うと取り返しのつかないことにもなりかねず、一言で言うと”命知らず”なタイプだった。しかし、性格はとてもさっぱりとしていて愛想も良く、誰とでも気兼ねなく話をすることができるし、智達のように変な内輪意識を持ってババ・ゲストハウスの人達のことを見ることもなかった。要するに、自分と他者との間に壁を作ったりせずに人と付き合うことのできる人間だったのだ。智は、清志のそういう部分をとても羨ましく思っていたし、人間的にも魅力を感じていた。清志のことは嫌いではなかった。

「あいつは凄かったもんなあ。ガンジャなんかでも俺らとやったのが初めてだって言ってたけど、俺らと同じぐらいのペースでガンガンやってたからな。最初の内は、いつも殆ど気を失ったみたいにぶっ倒れてたよ。あいつ、今頃どこで何してるんだろうな……」
「谷部さん、ジョージ、退屈そうにしてるわよ」

終始笑顔の女が、谷部の袖を引っ張りながらそう言った。

「ごめん、ごめん。そうだったな。ジョージ、もう一発決めようや」

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