「はあい、だれ?」
建は、智の方を見て、いるみたいだぜ、と微笑みかけると部屋の中に話しかけた。
「俺だよ、建だよ」
「ああ、建か。入ってきなよ」
建は、智に目で合図をするとドアのノブを捻った。智は、無理矢理笑顔を作りながら、建に続いた。
「よお、建。デリー出たんじゃなかったのかよ。明日だったか?」
谷部は、そう言うと、建の後ろから部屋に入ってきた智に気が付いて、身を乗り出しながら智を覗き込んだ。
「あれ、お前、確かバラナシにいたよなあ。何て名前だっけ? 確か……」
「サトシです」
智は、ぎこちなく笑いながらそう言った。
「おお、そうだそうだ、智って言ったっけ。”スパイシーバイツ”でよく会ったよなあ。まだ旅してるんだ」
谷部は、ずんぐりとした体型で角張った顔をしている。目は細く切れていて唇も薄い。肌の色は、白く、張りがあってほんのりと紅みが差し、とても艶々している。まるで茹でたての野菜みたいだ。智は、谷部のその風貌を、和尚さんのようだ、とずっと思っていた。どうしても彼が袈裟を着ている姿を想像してしまう。実際着せてみたら、きっと物凄く良く似合うに違いない。
その谷部の横には日本人の女が座っている。二十代後半ぐらいだろうか、やはり長く旅をしているような風貌で、薄いピンクのインド綿の涼しそうな服を着ていた。胸の辺りが大きく開いていて、良く日に焼けた肌を露出している。彼女は、どんな時でも常にニコニコ微笑んでおり、谷部が智に話しかけている間中、ずっとその笑顔を保ち続けていた。どうやらこれが、建の言っていた、谷部と一緒に旅行しているという女のようだ。
「ええ、ビシュヌに泊まっていたものです。”スパイシー”にはいつも食事しに行ってましたから……。何回かお話ししたこともありましたよね」
智がそう言った時、ふいに部屋の奥にあるトイレの水を流す音がした。しばらくすると、明らかに日本人ではない大柄な男が、咳き込みながら入って来た。その男は、智を見ると、笑顔で、ハイ、と言って智の肩をポンポンと叩いた。アメリカ系の黒人のようで、背が高く、筋肉質の引き締まった体つきをしている。
「ジョージだよ」
谷部が言った。
「ここで出会ったアメリカ人なんだ。最近よく一緒に遊んでるんだよ」
ジョージと呼ばれたその男は智を見て優しく微笑んだ。智は、少し緊張しながらジョージに微笑み返した。