夜のメインバザールは昼間の暑さこそ和らいでいたものの、人の熱気や地面の放射熱や車やバイクのクラクションが作り出す悶々とした温気は、一向に収まる気配を見せなかった。却って夜になって周りが暗くなった分、裸電球や蛍光灯の心もとない灯りに照らし出されているそれらの風景が、一層異様な物のように思われる。
智は、建と食事をとった後、そんな温気の中を泳ぐように歩いていた。
「しかし何とかならないですかね、この暑さは」
砂埃の混じった汗を拭いながら智がそう言った。
「ああ、本当にな。何でこんなに暑くなる必要があるんだろうな」
建も、ほとほと疲れ果てた様子でそう言った。
「谷部さんはもう帰ってますかね?」
「ああ、いるだろうよ。夕方には戻ってくるって言ってたから」
智と建は、谷部に会うために彼の部屋へと向かっていた。谷部の部屋は、智の泊まっている部屋の一つ下の二階にあった。建は、今朝、谷部に会いに来て三階にある共同のトイレを使っている際、洗面所で顔を洗っていた智に出くわしたのだ。
ゲストハウスの入り口には、相変わらず旅行者達がだらだらと溜まっている。妙に青い蛍光灯の灯りの灯る中、レセプションのインド人は退屈そうにテレビを眺め、壁に備え付けられた扇風機はだるそうに首を振っている。談笑する者、一人黙々と手紙を書く者、日本人、欧米人、インド人、その他国籍不明のアジア人、それぞれがそれぞれの時間を取り留めも無く過ごしていた。長旅の日常がそこにあった。それらの人混みを掻き分けるように智と建がそこを通り抜けていくと、そこで話をしていた日本人の二人組が、一瞬二人に目をやるが、無視してまた元のように話しを続けた。智も、その時、彼らのしたのと同じように、すぐさま視線を逸らした。気まずい空気が智達の間に流れるが、これもいつもの旅の出来事なので、そのまま気にせず歩き去った。智は、そんなことを気にする程、最早、旅に対して純粋ではなかったのだ。
階段を上って谷部の部屋の前まで行くと、中から数人の人の声がした。瞬間、智はとても憂鬱な気分になった。そもそも、谷部に会うというのも始めから気の進むことではないのに、その上また、見知らぬ谷部の知り合いとも接しなければならないとなると更に気が重い。智は、今、あまり人と接したい気分ではなかった。建のように柔軟に自分を受け入れてくれるような人ならまだしも、そんな人は本当に稀で、大体が、お互い牽制しあってつまらない旅行自慢やドラッグ体験などをひけらかし合って無駄なエネルギーを消費しなければならないような低俗な人間ばかりだからだ。そしてそんな奴らに智はもう飽き飽きしていた。何でこんなにつまらない人間ばかりなのだろう、といつもイライラしていた。
「谷部君、いる?」
建が、唐突に扉をノックして部屋の中の谷部に呼びかけた。話し声が一瞬途切れると、中から谷部の答える声がした。