シバ神

徐々に出来上がっていくシバ神を眺めながら、テープレコーダーから流れてくる音楽に、しばし耳を傾ける。音のうねりは智の感覚神経をその絵だけに集中させる。そしてしばらくすると、思いついたように再び描き始める。そんな作業を延々と繰り返していった。そして日が暮れ始める頃には、ほぼ、その全体像ができ上がっていた。

微笑みながら踊るシバ神は、真っ直ぐに智の方を見つめていた。腰に巻いた腰布から無数の視線が智を見つめている。更に智は、その背後に般若心経の一節を漢字で書き加えていった。

色不異空、空不異色、色即是空、空即是色、受想行色、亦不如是、………

インドに入ったばかりの頃バラナシで出会った旅行者に教わった般若心経を、メモを見ながら書いていった。書き終えると、自分で描いたその絵にある種の満足を智は見い出した。そして自分の眉間に指先を当て、更にそれをシバ神の額に当てて祈る動作をした。そして智は香を焚いてプジャーの形式をとった。香の煙の立ち上る中、絵の前に座って瞬きもせずに智はじっとそれを眺め続けていた。

部屋の中には西日が差し込んでくる。光は、煙の姿を空中に顕在化させ、その存在を強調する。影は、一切の物質を曖昧に闇の中に塗り込める。智の周りの風景は、存在と非存在の微妙なコントラストの上に成り立っていた。智の目の前の扉の存在など、今の智にとってはまるで無意味だった。それが存在していようがしていまいが智にとって大した差は無く、想像力の中の景色だけが今の智にとって全てであった。その対象に触れることができようができまいが、智のイマジネイションの中の世界では確かに存在していた。今の智が過去の思い出と同居することができている理由はそれであった。智は、今、過ぎ去った思い出の数々を目の前に無数に現出させることが可能であり、更にその世界に現実の自分を存在させることも可能であった。智は、未来すらもその手中に収めているような万能感に浸っていた。時間という概念など状況を区切っていくだけの無意味な目盛りに過ぎなかった。

智は、おもむろに立ち上がり、服を脱ぎ始める。Tシャツを脱ぐとそれから汗が滴り落ちた。Tシャツの布地は、もうそれ以上水分を吸い込むことができないくらいに濡れていた。見ると、智の体は、まるで水を被ったように汗を噴き出している。ジーンズも下着も同じように濡れていた。今までそれに全く気が付かなかったことに智は驚きを覚えた。

智は、服を全部脱いで素裸になると、静かに目を閉じた。そして音楽に合わせてシバ神の前で踊り始めた。絵の前で智は荒々しく踊った。そうすることによって、自分の中の霊的なエネルギーを絵の中に封じ込めることができるような気がしたからだ。裸で踊る智の前で、シバ神は薄らと微笑みを浮かべている。激しく体を揺さぶると、智の下半身はいつの間にか猛々しくいきり立っていた。針のような感覚が脳髄を貫き、智は床に倒れ込む。

――― 俺の犬歯、俺の刃、シバ、シバよ、自由と解放を、俺に、永遠の自由を、魂の解放を! ―――   

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