人生とはなんなんだろう、と智は思った。今の自分の状態は、どう考えても人生における中間地点であり、ゴールではあり得ない。心のどこかでまだ自分は死ぬことはないんだという確信に近い信念のようなものを智は持っていた。それは、ある意味、唯一智の不安や焦燥を掻き消してくれるものであり、智にとって逆接的な自信のようなものに繋がっていたのかも知れない。また、そのような自信がもし仮に全く無かったとしたら、こんな旅は続けられなかっただろう。
孤独は常に智につきまとっている。死は、常に智の周辺を漂っている。死の片鱗は、様々な現象となって形を変え、智の前に姿を現わした。俺はここにいるんだぞ、とアピールするように、しきりに智の視界に飛び込んできた。死は、常に智を誘惑している。それは、時には身震いする程暗く恐ろしく、時には息を飲む程甘く美しく、智をその世界へと導いた。
智の生は、死という裏打ちによってリアリティを保証されていた。死という暗く寂しい概念によって裏付けられていた。
――― 違いなど無い、違いなど何も無い ―――
智は、もう一度扉の落書きに目をやった。
――― メメントモリ、死を想え ―――
過ぎ去った思い出は死んだように静止していた。その言葉は、まるで智の記憶を包む薄い膜のように、物音を立てず、静かに智の心に貼り付いた……。
メインバザールは人間によって埋め尽くされていた。様々な人種がそこにいた。肌の色も身長も顔かたちも何もかも違う人達が、てんでばらばらに、ただ、各々の目的のためだけにひしめき合い蠢き合っていた。
そのただ中を智は汗を垂らしながら歩く。大気中に舞っている砂埃が肌に付着して、汗は茶色く濁っている。むせ返るような人間の匂いと、どこからともなく漂ってくるマサラの香りが混ざり合い、智の嗅覚を鋭く刺激する。智は、眩暈がするのを感じた。大気中に体力を吸い取られていくようだった。とても長くは歩いていられそうになかった。
智は、手頃な食堂を見つけるとそこに入った。見れば、南インドの料理を扱っている店らしい。メニューには、久しぶりに見る料理名がたくさん列ねられている。