“友達”

その後智は、ジョードプル、ジャイプル、とラジャスタンの主要な都市を観光して回った。ジャイサルメールでもかなり感じたことだが、ラジャスタン州のインド人達は、智をとてもイライラさせた。気質なのかもしれないが、彼らは、商売気が強くやり方が陰湿で、少し人を小馬鹿にしたようなところがある。

ジャイプルの有名な観光スポット「風の宮殿」に行く途中、売店で煙草を買おうとしたところ智は一言、ない、と断られた。その言い方が、智の方に目も向けずあまりにも淡々としていたため、智は驚いて、は?、と聞き返してしまった。すると相手は、短く舌打ちをして智を見ながら面倒臭そうに、な、い、とわざとらしい大声で言った。インド人の商売人は、誰しも外国人旅行者と見ると値段を吹っ掛けたり、だまそうとしたりするものなのだが、普通その姿にはどこか愛嬌のようなものがあって憎めないものである。こういう風に露骨に嫌悪感を露にした態度をとるインド人に出会ったのは、智にとって初めてのことであった。

腹が立って智は思い切りガードレールを蹴飛ばした。すると相手は、少し驚いて呆然としていたが、やがて肩をすくめて嘲るような笑みを浮かべた。智は、ますます腹が立ったが、どこかに感じられる相手の余裕のようなものに怖じ気づいて、どうすることもできずそのまま立ち去った。胸の奥にはドロドロした嫌な感覚が残された。

ジャイプルに着いたばかりの頃にもこんなことがあった。智のチェックインしたゲストハウスには一人の日本人旅行者が既に何日か滞在しており、彼は、そこのゲストハウスの従業員達と慣れ親しんでいた。そして着いたばかりの智も、その晩に誘われて彼らと一緒に食事に行くことになった。二人のインド人青年は、実際親切で明るく、楽しいひとときを過ごすことができたのだが、いざ支払いをする段になると彼らは一向に金を払おうとしなかった。智は、一緒にいた日本人旅行者にそれとなくそのことを聞いてみた。すると彼は、後でまとめて返してもらうんだ、と言う。いつもそうしているのか、と聞くと、そうだ、帰ったら返してくれるんだ、と言う。智は、嫌な予感がしたが彼がそう言うので仕方なくその場は渋々払うことにした。

宿に帰ってからもしばらく彼らと話をしていたのだが、そのインド人青年達は一向に金を返す気配がない。埒があきそうにないので直接二人に向かって、智は、さっきの金を返してくれないか、と言ってみた。するとそれまで楽しそうに話していた二人は、急に真顔になってお互い顔を見合わせ、智に言った。

どうしてそんなことを言うんだ? 俺達は友達だろう? しかも今日、俺達はお前のために車も出してやったし、素敵なレストランにも連れていってやったじゃないか。それなのにたかが百ルピーだとか二百ルピーだとかいう金にこだわるのか? もちろん返さないなんて言っていない。それぐらい返してやるさ。お前は金持ちの日本人のくせに、些細な金に細かいんだな。同じ日本人でもこうも違うものなのか。そんなこと彼は一度も言ったことがない。何せ友達だからな。そう言ってそのインド人は、彼らの言う”友達”の肩に手を回した。彼は、複雑な表情で微笑んだ。

智は、そんなことを言われてさすがに黙っていることができず、もう一歩で相手の顔面を殴りつけるところだったのだが、その前に、”友達”の日本人に制された。その日の内に智は宿を出た。出る際に金のことを彼に聞いてみると、始めの内はきちんと返してもらっていたのだが、最近はどうも滞っているらしい。そのことをどう思っているんだ、と更に尋ねると、彼は、だって、友達だし……、と言って弱々しい笑顔を見せた。

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