「プネーの後は? どこ行くか決まってる?」
「そうね、全然分かんないけどマナリーに行くことは確かよ。もうすぐインドは暑くなるから山の方へ行って快適に暮らすつもり」
「マナリーか、俺も行こうとは思ってるんだけど、この調子でいくと行けるかどうか分かんないな……」
「どうして? 行けばいいじゃん、いい所よ」
「でも、ビザが五月で切れちゃうんだ。俺、パキスタン行くつもりだからそれまでにデリーでビザ取ったりとか色々面倒臭いこともあるし、あんまり時間がなさそうなんだ。ダラムサラにも行きたいし。だから、行けるかどうか……。でも、理見ちゃんの話聞いてたら行きたくなったよ。インド人達が葉っぱ詰んでるところも見なきゃいけないしね」
そう言って智は笑った。
「ハハハ、そうよね。でも智って、パキスタン行くつもりなの? それからは? どうするつもり?」
「西へ行こうと思う」
「ずっと?」
「ああ、ヨーロッパまで行こうと思ってる」
「本当に? 私もそのつもりなのよ。パキスタンからずっと西へ行って、それからアフリカへ行こうと思ってるの。智は? アフリカ行かない?」
「俺にはアフリカはとても無理だろうね。まず金銭的に余裕が無い。後は体力的にも精神的にもちょっとキツそうだよ。でも、理見ちゃんは本当に凄いよね。何か尊敬しちゃうよ。かなわないな、って思う」
「変なこと言わないでよ」
少し笑いながら理見はそう言った。
「気をつけてね、また会おう」
智は右手を差し出し、二人は別れの握手を交わした。理見の手は、柔らかくて少し冷たかった。
宿の外まで理美を見送ると、既に太陽は二人の真上にあった。日光が、薄暗い部屋に目を慣らした彼らの瞳孔を射す。
理見は、目を細め、手を翳して外の景色を見渡しつつ、今日も暑そうね、と言った。彼女は、そう言いながら歩き出そうとすると、バランスを失って少しよろけた。驚いて智は理見の肩をとっさに捕まえた。思ったより理見の肩は細かった。
「大丈夫?」
「ええ、大丈夫……。ありがとう、まだブラウンがちょっと残ってるみたい……。でも平気、ほら、もう歩けるから」
理見は、そう言って、綱渡りをするみたいに両手を広げて炎天下を一歩ずつ慎重に歩き始めた。そしてしばらくそのまま歩いていくと、振り返って手を振った。
「元気でね」
そう言う理見の姿は、町の雑踏と何頭かの大きな牛の群れとにすぐさま掻き消された。
智は、しばらくそのまま眺めていたが、再び理見の姿を見つけることはできなかった……。