プネー

翌朝、誰かが部屋の扉をノックする音で目が覚めた。余程深い眠りに落ちていたらしく、その音を聞きながらもかなり長い間智は対応できないでいた。それが夢なのか現実なのか判断できなかったため、体の欲求に任せるがまま眠り続けていたのだ。しかし、放っておいてもその音は鳴り止むことはなく、断続的に続くので智はとうとうベッドから体を起こした。そして不機嫌に返事をしながら扉を開けると、そこには理見が立っていた。智は、ぼやける目を見開いて、そこに立つ美しい女性を眺めた。

「理見…ちゃん」

言葉にならない昂揚感が静かに智の全身を下りてゆく。理見は、少し照れ臭そうに智の顔を見つめている。

「この前来てみたんだけどいなくって。キャメルサファリ行ってたんだって? そう聞いたから今日来てみたの。ごめん、起こしちゃった?」

伸びかけの髪が気になるのか、頭を黄色いバンダナで覆っている。瞳は、黒く、しっとりと濡れている。そんな理見を見ていると、智は、体が溶けていってしまうようだった。液体になって散らばって、流れ出してゆく。彼女の存在は周りの空間を、熱く熱していた。

「入ってもいい?」

理見は智にそう言った。智は、我に返って、ああ、入ってよ、と返事をした。部屋に入ると理見はベッドに腰を下ろした。

「ごめん、来るなんて思ってなかったから散らかってて……。ちょっと片付けるよ」

ベッドの上には智の下着やタオルなどが乱雑に散らばっている。

「ああ、いいの、すぐ帰るから」

理見は智にそう言った。その言葉は、一種の鋭利性を伴って智の心の一番敏感な部分を傷つけた。

「そう…なんだ……。急いでるの?」
「今日、出るんだ。お昼過ぎのバスでプネーへ行くの」
「プネーへ? 何しに?」
「ひょっとしたら私が探してる人がいるかな、と思って。あそこでも結構パーティーとかやってるでしょう? プシュカルからも近いしね。もうどうせこっちの方まで来たんだから、会えないのも何だか悔しいじゃない、だから探しに行ってみようかなって思うの」
「そんなに会いたい人なの?」

智は尋ねた。少し考えてから理見は答えた。

「会いたいっていうのももちろんあるんだけど、実は私、彼にお金を貸してるのよ。そんなに大金ではないしあんまり気にしてなかったんだけど、後々よくよく考えてみたら、積もり積もってちょっと返して欲しいぐらいの額にはなってるのよね。ちょうど今、私の所持金も寂しくなってきてるから、ひょっとして返してもらえたらラッキーかな、なんて思ってるの」
「彼は返してくれる?」
「分からないけど一応言ってみるわ。最低でも御飯ぐらいはおごらせる。ハハ、そんな感じだから私もあんまり期待してないしいいんだけどね。会えるかどうかも分かんないから。ただ、プネーって行ったことないし面白そうだから行ってみるのもいいかなと思って。もう、ジャイサルメールにいるのも退屈だしね……。あっ、そうそう、キャメルサファリはどうだった?」

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