コントロール

一体どれぐらいそうしていただろう。もうすっかり日は暮れていた。あんまり部屋が暗いので智は灯りをつけた。一本の蛍光灯だけで照らされる狭い部屋は青白く、壁の染みなどが不吉にぼやけて見える。結局、理見は訪ねて来なかった。

何だか智は、自分のことが間抜けみたいに思えてきた。自分が何をしているのか、一体何をどうしたいのかが良く分からない。ただ、理見に会いたい。とても会いたい。何故? 好きだから? 彼女のことを好きだから? 好き? 一回会っただけなのに? 俺は、彼女の何を知ってるっていうんだ? 好きだなんて言えるのはおかしくないか? どうかしてる、とても不自然だ……。何でこんなにも彼女に会いたいんだろう? それは彼女でなくてはいけないんだろうか? もしそれが他の適当な誰かであったとしたら、こんな風には思わないんだろうか? それが理見でなければならない必然性なんてあるんだろうか?多分俺にとって重要なのは、相手のことがどうのというのでなく、自分自身の感情なのだ。自分の心を慰めてくれる相手が欲しいだけなんだ。そんなので本当に相手のことを好きだと言えるのだろうか? 俺は、今までそんな風にしか人を好きになったことがないのではないか。俺は、人のことを本当に好きにはなれないのではあるまいか? 人を愛することができないのではないか? 理見に会いたいというこの抑えきれない感情は偽物なのだろうか。でも会いたい。どうしても会いたい、話がしたい、一緒にいたい……。

智は混乱していた。自分の感情を上手くコントロールすることができなかった。理見に対する自分の思いを冷静に分析することもできなかったし、彼女に会いたいという欲求を抑制するのは難しかった。

静けさの中で青白い蛍光灯が震えるように音を立てている。細かい小さな我の群れがその近くを舞っている。いくら強く捻っても止めることのできない洗面台の蛇口の水が、ポタポタと規則的な音を立てている。

智は、ひとり、頭を抱えて座っていた。こめかみに鈍い痛みを感じる。体全体が重く、倦怠感を訴えている。軽い吐き気を伴った痛みを胃の奥の辺りに覚え、下腹部が鉛を抱えたように重い。智は、その周辺を軽く叩きながら、体調崩したかな、と小さく呟いた。風邪の引き始めのような体のだるさも感じた。恐らくキャメルサファリの疲れが溜まっているんだろう、そう思って智はベッドに体を横たえた。軽い眩暈を感じたものの、それはそんなに気分の悪いものではなく、むしろ浮遊感を伴った心地の良い感覚であった。横になった体から疲れが抜けていくようだった。やはり少し疲れているんだ、智は改めてそう思った。

既に理見を待つのを智は諦めていた。できるだけ彼女のことを考えないよう努めた。彼女のことを考えて、一人虚しく踊るには少し智は疲れ過ぎていたようだ。

こめかみの辺りが鈍く痛む。

智は、小さなビニール製のパケットの中からチャラスを取り出すと、軽くライターで焙った。粘土の焦げたような匂いが一瞬辺りに漂う。柔らかくなったチャラスの表面を指で少しつまんでパイプに詰める。そしてライターでそれに火をつけ、ゆっくりと吸い込む。熱い大麻樹脂の煙が体を巡る。心地良い脱力感とともに、こめかみの痛みが消えてゆく。体が熱くなって疲労を癒す。各部の痛みは煙によって鎮静されてゆく。

智は、テープレコーダーのスイッチを入れ音楽を聴きながら、ひたすらぼんやりと天井を見つめていた……。

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