翌日、ジャイサルメールに戻った智は三百ルピーを老人に手渡した。ここへ戻って来る間も延々と金の催促は続いたが、それとは関係なく自然にその金を支払った。それにはむしろ感謝の気持ちが込められていた。何かかけがえのないものをその老人から教わったような気がするからだ。
宿に帰ると従業員がニコニコした顔で近づいてきて、ジャパニ、キャメルサファリはどうだった?、素晴らしかっただろう?、とうるさくまくしたてた。智は、いつものように、ああ、とても良かったよ、と適当にあしらって部屋に戻ろうとした。するとその従業員は何か思い出したように、ジャパニ、ちょっと待ってくれ、と智を呼び止めた。そういえばお前がキャメルサファリに行っている間に、ジャパニーズガールが訪ねてきたよ、と彼は言った。智は、その言葉に全身が硬直するのを感じた。そして物凄い勢いで彼の所へ駆け寄った。
「どんな感じの子だった?」
従業員は、智のその様子に驚いて口籠りながら言った。
「黒髪で、目のクリッとした色の白い……」
理見だった。
「それで、何て言ったんだ」
身を乗り出して智は尋ねた。従業員は、智の勢いに気圧されつつ、智がどうしてそんなに興奮しているのか訳が分からない、といった感じでこう答えた。
「今日帰って来るって言ったら、また来るって言ってたよ」
「いつ? 今日来るのか?」
智は、殆ど彼に挑みかからんばかりに問いつめた。
「いや、分からないよ、ただ彼女はそう言って帰っただけだから。ちょうどお前がキャメルサファリに出発した日のことだよ」
従業員は、智のその様子に呆れながら肩をすくめた。
その日、智は、ひたすら理見の来るのを待ち続けた。外出して入れ違いになるといけないので、極力、部屋にいるようにした。食事に行くときも寄り道せずにまっすぐ行ってまっすぐ帰った。かといって部屋では何もすることがなく、本を読んで時間を潰そうとしても内容が頭に入らない。気が付くと、同じ行を何度も何度も繰り返し読んでいたりする。諦めて本を置いて、果報は寝て待て、とばかりに眠ってみようとしてみても眼が冴えて全く眠ることができない。キャメルサファリから帰ったばかりで疲れてはいる筈なのだが眠れない。仕方なく智は、目を閉じたまま横になりそのままじっとしていることにした。
窓の外から微かにヒンドゥー語の会話が聞こえてくる。インド人女性が二人で何か話し合っている ―――