「私、そろそろ帰るわ。もう大分暗くなったし、ほら、あの壁の中って暗いでしょ。だからもう行かないと」
理見は、食べ終えたカレーの皿にスプーンを置いて、グラスの水を一口飲んだ。
「そうだね、送って行くよ、確かにこの町は何か嫌な感じがする」
「いいわよ、一人で帰れるわ、大丈夫よ」
「でも、俺だってどうせ暇だし、やることもないし、送っていくよ」
理見は、少し考えた後、そう、ありがとう、じゃあそうしてもらうことにするわ、と言って智と共に店を出た。
暗い夜の町を照らすのは、青白くぽつりぽつりと光っている例の街灯だけで、他に照明といえば、たまに開いている店から洩れる頼りない灯りぐらいのものである。しかし夜のジャイサルメールは、砂漠地帯の夜らしく、冷んやりと涼しかった。あの、肌を焦がすような太陽さえ出なければ、不毛に乾燥した大地と空気が残されるのみで、町は冷たく冷却されるのだ。その点が、この町において唯一救いと言えば救いだった。
「夜は涼しいね」
理見は、そう言うと夜風を全身で受け止めるかのように両腕を広げた。
「そうだね、湿気も少ないし、いい気分だ。俺も今日、プシュカルから来たばっかりなんだけど、あそこはもっと蒸し暑かったような気がするよ。やっぱりこっちの方がより一層砂漠地帯だからかなぁ」
理見は、急に智の方を振り向くと、智、プシュカル行ってたの?、と驚くように言った。
智は、理見のその反応に少し戸惑って、ああ、行ってたよ、と答えた。
「智って、パーティーとか行ったりする?」
理見は、唐突に智にそう尋ねた。智は、理見の突然のそんな質問に、少し狼狽した。
「ああ、何回か行ったことはあるよ」
「あのさ、プシュカルでパーティーがあったっていうのは知ってる? 結構最近のことなんだけど、智、ひょっとしてそれ行ってない?」
智は、クリシュナ・ゲストハウスのタンクトップが言っていたパーティーのことを思い出した。恐らく理見はそのことを言っているのだろう。
「いや、行ってはいないけど、パーティーがあったっていうことは知ってるよ。でも、何で知ってるの? そんなに大きなパーティーだったの? それって」
理見は、智のその言葉を聞いて大袈裟にその場に屈み込んだ。
「そっかぁ、行ってないかぁ……。いえ、ただね、私の知り合いがそのパーティに行ってたかも知れないのよ。それでひょっとしたら智、会ってないかな、と思って……」
「知り合いって?」
「一緒に旅してた人」
智は、理見が誰かと一緒に旅をしていたと聞いた時から、その相手のことがずっと気になり続けていた。理見にとってそれは全くいわれのない嫉妬心のようなものなのだが、その相手は、果たして男なのか女なのか、そしてその相手と理見との関係は、一体どうなっているのか、そんなことが智は気になってしょうがなかった。できればそれが女であってほしい、と秘かな願いを智はずっと胸に秘めており、今、理見がその相手について語り始めたので、そのことを聞き出すのであれば今しかない、と瞬時に判断し、思い切って聞いてみることにした。