壁の中の小都市

智は、宿のうるさくつきまとうインド人達を尻目に、ぶらっと外へ出かけた。辺りは相変わらずの土色の風景だ。プシュカルとは趣が少し異なるが、バスの中から眺め続けてきた連続する土漠の色彩が頭の中に焼き付いて、眼前の同系色の風景が智にとって初めて見る物だとはとても思えなかった。ただ、空は綺麗に晴れており、夕陽が淡く辺りを染めているのを見ていると、少しだけ開放的な気分になった。

しばらく歩いていくと、町の真ん中の小高い丘に突然城壁が現われ、それは丘全体をぐるりと取り囲んでいた。町全体を見下ろしているその様子は、いかにも威厳に満ちており、それは智を驚かすのに十分だった。そんな景色はそれまで見たことがなかった。

城壁へと続く道を見つけると、ゆっくりと智はそこを上がっていった。急な斜面の先には門があり、どうやらそこから内部へと入り込んでいけるようだ。観光を終えた欧米人ツーリスト達が、何人か門から出てきて道の端の土産物売りと何か話をしている。智は、横目でその様子を流し見しながら、城壁の中にはきっと何か凄い物が隠されているのではないか、と、淡い期待を抱きながらその門をくぐった。

果たして智の目の前に開けたのは、壁の中の小都市であった。狭い敷地の中にひしめき合う、土壁の建物群。道は、曲がりくねって細く、汚れた子供達が裸足で駆け回っている。
そしてその奥のさらに小高くなった山の上に、同じような土色の城がそびえ立っている。緻密な細工が施された窓枠や繊細な装飾の数々が、町の猥雑な様子とは対照的にひっそりと佇んでいる。

智は、軽い興奮を覚えながらゆっくりと、一歩一歩、歩を進めた。湿った裏路地に、捨てられた果物などの腐臭を嗅ぎながら、夢の中を歩くようにゆっくりと歩いた。しんと静まり返った城壁の中の小都市は、外界とは隔絶された一つの空間と世界とを、そこに構築している。ジャイサルメールという町の名とは関係の無い、ある一つの地域がそこにはあった。建物群を慎重に眺めていくと、民家に混じってツーリスト用のゲストハウスがあることに気が付く。何となくその前を通った智は、そこにいた髪の長い日本人旅行者と目を合わせた。海外で見知らぬ日本人と出会う時特有の妙な気まずさを感じながら軽く会釈をすると、彼は、智のその様子をまるで見えていなかったかのように無視して周りの欧米人旅行者達と会話を続けた。智は、恥ずかしさと屈辱感の入り交じったような複雑な思いで顔を赤らめながら、自分のとったその行動を激しく後悔しつつ、彼らの脇を足早に通り過ぎた。智が横を通る時、その日本人は、いやにハキハキとした英語で欧米人旅行者達と会話しながらどこか優越感の籠った表情で智を黙殺した。智は、振り返ることもできずにそのまま歩き去った。頭の中は屈辱感で真っ白で、しばらくの間何も考えることができなかった。

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