部屋に入りベッドに座り込んで、目を閉じた。静かな暗い部屋に町の喧噪が遠くから聞こえてくる。先程のインド人達の顔が次々と智の脳裏に甦っていく。いやに力の籠ったギラギラしたあの目付き、動物的な精力に溢れた顔付き、いかにも幼稚で野蛮なあの態度、それらの映像が言い様のない精神的な疲労を智にもたらした。
柵のはまった小さな窓から、薄らと夕陽が差し込んでくる。赤い夕陽だ。砂漠の不毛な風景を照らし、その様をますます荒涼としたものに見せている。智はベッドに寝転がった。
自分の肌から、汗の乾いた匂いが漂ってくる。静まりかえった部屋に、蠅の羽音が耳障りに響く。時折智の顔にとまったりするので、手を振って何度も追い払う。
砂漠の蠅は、水分を求めてか目や口の回りにたかってくる。水気のない部分には決して近づかない。顔だけにたかる。その事実を発見した時、過酷な環境における熾烈な生存競争が、こんな小さな生き物にまで及んでいるのかと思い、智は思わずゾッとした。これら砂漠の環境を統べる大自然は、まるでそこに生きている者達の存在を否定し、それらの存在そのものを許さず、更にはそれら全てを殲滅せん、とばかりに圧倒的な力で威圧しているようだった。ここで暮らす生き物達は決して存在を祝福されてはいなかった。
新しい町に来たからといって、智の心持ちがすっかり変わってしまったという訳では決してない。特に何かを求めてここに来た訳ではないし、ジャイサルメールというこの町やその周りの風景は、智の気分を明るくするには少し荒涼とし過ぎていた。不安や焦燥の入り交じった感覚は、なおも智の心をすっぽりと覆い尽くしている。
自分はどう考えても他の旅人のように旅を楽しんでいるとは思えなかった。また、その旅が充実しているとも思えなかった。確かに一年近い旅を経て、様々な国の人達や文化に出会い見識を広めることはできたかもしれないが、一体それが何になろう。自分自身は不安定で弱いままだし、この旅が自分の内面に反映されているとはとても思えなかった。その証拠に、やり切れない今の心境はその見識によって癒されることは全くなく、そのおかげで過去を振り返れば振り返る程、焦燥感はどんどん募っていった。変化が、自分の中にはっきりと見出せなかった。日本でのらくら過ごしてきた時と、何ら変わりのないように思われた。そういう立場から他の旅人を観察すると、随分と楽しく充実した旅をしているように思われる。他の旅人達と自分との差を、智はずっと感じ続けていた。
智は、日本を思いながら旅をしている。望郷しながら旅をしている。故郷という言葉は智の胸を激しく締めつける。温かさと切なさを智の心に同時にもたらす。そんな時、智は激しく孤独を感じる。日本では味わったことのない性質の激しい孤独を感じ、最終的に結局のところ世界には自分一人でしかあり得ないのだという、光の見えない結論に辿り着く。
そして智は、その度に深い絶望を感じた。