智は、再び深い溜め息をついた。そんな話を真剣に聞く気などはなからなかった。
「ああ、そうなのかもな」
議論をする気もなく智は聞き流していた。
「だから神はお前と共にいるのだ。神は、お前の胸の中に住んでいるのだ」
サドゥーは、そう言って智の胸をトントン、と突つきながら子供っぽい笑みを浮かべた。智は、訝し気な表情でその様子を眺めた。
「あのね、ババジ、俺もう行くよ。ほら、このサモサも食べなよ」
そう言って智は、もう一つ残っていたサモサを彼の方へ寄せると席を立った。サドゥーは、その姿勢のまま智をキョトンとした表情で眺めていたが、智は、そのままバイバイと言って通りに出た。ちょっと彼の寂しそうな表情が気にならない訳ではなかったが、あえて気に留めないようにして店を出た。疲れていた智は、もうこれ以上彼に付き合う気はさらさらなかった。
通りに出るとさっきより高く昇った太陽が、ジリジリと肌を焼くのを智は感じた。
――― 借りものの肉体ね…… ―――
智は、何となくさっきのサドゥーの言葉を口に出して呟いてみた。
部屋に帰ると智はしばらくただぼんやりとベッドに座っていた。部屋の中はしんと静かで、異国の見知らぬ町にただ一人ということが、一際実感させられる。
腕の中に顔を埋める。暗闇の中に様々な場面が断続的に浮かび上がってくる。今まで旅してきた国のこと、人々の顔、景色、無秩序に次々と思い出される……。日本での生活、家族のこと……。今ではもうずいぶん昔のことのように、遠いことのように思える、温かい思い出……。
――― 俺は一体何をしているんだろう? こんな所で、何をしているんだろう? 何でこんな所にいるんだろう? 一体いつになったら日本へ帰ることができるんだろう……
―――
終わる気配を全く見せないこの旅は、智を不安にさせる。温かい故郷の思い出を呼び起こさせる。
帰る訳にはいかなかった。ヨーロッパまで旅をするという志半ばの今、旅を終わらせて帰る訳にはいかない。そんなことをすればきっと、取り返しのつかないことになるだろう。
自分自身に課した課題を満足にこなすことのできなかったという挫折は、自分に対して一生負い目を感じさせることになるだろう。この先、自分の心のどこかにどうしても信用することのできない部分が生まれてしまうことになるだろう、智はそんな風に自分自身を追い込んでいた。しかしその反面、もし納得する形でこの旅を終えることができたなら、ああ、もう満足だよ、と得心のいくまで旅をすることができたなら、それは他のどんなこととも較べ物にならないぐらいの自信につながると思う。他人に対して絶対の自信を持つことができ、きっと今までのような自分とは違った、強い自分になることができる、智は強くそう思っていた。だからこの旅は何としてでも成し遂げられなければならない目標であり、挫折は、そのまま人生における取り返しのつかない敗北を意味していた。途中で帰ることは許されなかった。